「見ていられません」と言った奥さんが、最後まで残った
打ち合わせのとき、湯灌をどうされますかとお尋ねした。
湯灌というのは、納棺の前に、故人の体を洗い清める儀式のことだ。専用の浴槽を持ち込んで、髪を洗い、体を洗う。
奥さんは、少し考えてから言った。
やってあげたいけれど、私は見ていられません、と。
そういう方は、珍しくない。
夫が亡くなったばかりで、その姿を直視するのがつらい。あるいは、他人に体を触られる場面を見たくない。理由はさまざまだ。
私は、無理に立ち会う必要はありませんとお伝えした。実際、別室で待たれるご遺族も多い。
当日、湯灌の準備が整った。
奥さんは、部屋の入口のところに立っていた。中には入らず、そこから見ているという形だった。
湯灌には、決まった流れがある。
まず、体の関節をゆっくりほぐしていく。それから、布で覆った状態で浴槽まで移していく。肌が見えないように配慮しながら進める。
そのあと、逆さ水という作法がある。
普通、湯を用意するときは、お湯に水を足して温度を調整する。逆さ水はその反対で、水にお湯を足していく。日常とは逆のことをするという、昔からの決まりごとだ。
その水を、ご遺族が順番にかけていく。
湯灌師が、奥さんに声をかけた。奥さまもいかがですか、と。
奥さんは、しばらく動かなかった。
それから、ゆっくり中に入ってきた。
柄杓を受け取って、震える手で、足元のほうに水をかけた。何も言わなかった。
そこから、最後まで動かなかった。
洗髪をしているときも、体を拭いているときも、じっと見ていた。着替えをさせ、髪を整え、薄く化粧をするところまで、ずっとそばにいた。
終わったあと、奥さんは私に言った。
きれいになりましたね、と。
それだけだった。ただ、部屋に入る前とは、表情がまったく違っていた。
湯灌には、二つの種類がある。
湯船を使って本格的に洗うものと、お湯を使わずに体を拭き清めるものだ。後者は古式湯灌、あるいは清拭と呼ばれる。
費用は、清拭だけなら五万円前後。浴槽を使う湯灌なら、八万円から十万円ほどが目安になる。地域や葬儀社によって幅がある。
知っておいてほしいのは、これが基本の料金に含まれていないことが多い、という点だ。
多くの場合、追加のものとして案内される。だから、見積書に入っていなければ、行わない前提になっている。
近ごろは、湯灌に対応していない葬儀社もある。希望するなら、早い段階で伝えておいたほうがいい。
やらなければ失礼にあたる、という決まりはない。地域や宗派によって、考え方も違う。
そのうえで、私の考えを書いておく。
湯灌は、たぶん故人のためだけのものではない。
十五年やってきて、そう思うようになった。
亡くなった直後、ご遺族は何もできない。手続きに追われ、判断を求められ、悲しむ暇すらない。
そういうときに、湯灌の時間だけは違う。
一時間から二時間ほど、ただ故人のそばにいる。手を動かし、水をかけ、髪を整えるのを見ている。何かをしてあげているという実感が、そこにある。
あの時間があるのとないのとでは、後の受け止め方が変わる。私が見てきた限り、そう感じている。
立ち会えるのは、ご遺族と近い親族だけだ。服装は平服で構わない。喪服に着替える必要はない。
お子さんが参加することもできる。怖がるようなら無理はさせないが、私が担当した中には、孫が水をかけた家もあった。
もし選べる状況にあるなら、費用のことだけで判断しないでほしいと思う。
もちろん、余裕がなければ無理をすることはない。清拭だけでも十分だし、何もしなくても罰は当たらない。
ただ、あの奥さんのように、入口で立ち止まっている方がいたら。
一度、中に入ってみてもいいのではないかと思う。
見ていられないと思っていたものが、見ておいてよかったものに変わることがある。
あなたなら、その場に立ち会うだろうか。
もしよかったら、これからもこういう話を書いていきますので、のぞきに来ていただけたら嬉しいです。
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