10 とんとんトマトちゃんが好きすぎて┃子どもが食べるようになるまで
連載「子どもが食べるようになるまで」
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娘が「とんとんトマトちゃん」に夢中になったのは、ちょうど1歳半のころのこと。当時よく見ていた子ども番組『いないいないばあっ!』。はじめは歌に合わせて体を揺らしたりしているだけだったのに、2歳を過ぎたころには、気づけば「とーたーと!」と歌いながらキッチンにやってきて、冷蔵庫を指さすように。
もちろん、娘が好きになったのは歌のトマトちゃんであって、本物のトマトを食べたいと思っているわけではありません。でもその日から私は、「もしかしたら、いつか興味を持ってくれるかもしれない」という、ちいさな希望を胸に抱くようになりました。
いつものように娘とスーパーへ出かけたときのこと。野菜売り場の前を通ったとき、娘がカートから身を乗り出して、ぱっと指をさして言ったのです。
「とんとんトンク(トマト)」
指さした先には、真っ赤なミニトマトのパック。私は「ほんとだね、トマトちゃんだね」と笑いながら、そのパックをかごに入れました。娘はそれを見て、満足そうににこにこ。お会計後は、自分で大切そうにトマトのパックを抱えて。それはまるで、好きなキャラクターグッズを買ってもらえたときのような反応で、私もつい「よし、これはチャンスかも」と期待してしまいました。
帰宅後、さっそくミニトマトを冷やしておいて、夕食のタイミングでテーブルに。1/4サイズにカットした「トマトちゃん」の赤い断面が、娘の目の前にころんと置かれます。
娘はしばらく見つめたあと、スプーンでつついて転がしてみたり、指でぷにぷに押してみたり。食べる、というよりは、完全におもちゃのような扱い。でも、それでも嬉しかったんです。
それまでの娘は、食べ慣れない食べ物に対して、ほんの少しでも警戒心を見せていたから。それが「触ってみる」「手に取ってみる」という反応になっただけでも、私にとっては前進に思えました。
しばらくして、娘はトマトを手に持ち、そのまま口元へ。私は息をのんで見守りました。そして、ほんの一瞬、トマトが娘の口の中に入ったのです。
が、次の瞬間。
「ぺっ」
思いきり舌で押し出して、トマトはお食事エプロンの中にぽとんと落ちました。娘は少しだけ眉をしかめて、無言のまま再びトマトを転がし始めます。
ああ、やっぱり。でも、その「ぺっ」さえ、私はうれしかったんです。
口に入れてみた。確かにそれだけのことだけど、それまでの娘は、口に入れる前の時点で「これはいや」と顔をしかめて終わり、ということがほとんどでした。
食べない。でも、近づいてみることはできた。そんな実感が、ほんのすこし、私の心を明るくしてくれました。
それからしばらく、我が家の冷蔵庫にはいつもミニトマトが入っていました。
といっても、それを娘が食べることは、やっぱりほとんどありません。毎日出しても、たいていは触って転がして終わり。たまに口に入れても、また「ぺっ」と出すか、何ごともなかったような顔で水を飲んでリセット。
「でも、口には入れるようになった」
「少しずつ慣れていっている」
そう思うことで、私は「食べさせる」ことばかりに気を取られずにいられたように思います。
そのうち、断面をじっと見つめて、「これ、なに?」というような顔をしながら、ふたたび口に運んでみる日も増えてきました。
そしてやっぱり、すぐにぺっ。
でも、そのぺっのあとの顔が、ほんの少しだけやわらかかったのです。「なんか、変な味だったな」「まだちょっと苦手かな」そんな気配が、娘の表情ににじんでいました。
以前は「なんかよくわからないけどイヤ」だった反応が、「食べてみたけど、今はちょっと無理かも」というニュアンスに変わってきていたような気がしたんです。
そうして何度目かの「ぺっ」を経たある日、偶然スーパーで見つけたミニトマトが、とびきり甘い品種でした。
「んしー(おいしい)」
娘がそうつぶやいたとき、私は心の中でそっとガッツポーズ。
その日を境に、娘の中でちいさなミニトマトブームが訪れました。食卓に並べれば、真っ先に手を伸ばし、いくつも口に運ぶ日もありました。
もちろん今はもう、そのブームはひと段落していて、毎回食べるわけではありません。それでも、スーパーで見かければ「これ、買う?」と聞いてくるし、食卓に出せば、いまもときどき手に取って口に入れる姿があります。
子どもが何かを「食べる」ようになるまでって、大人が思うよりも、ずっと長い時間と、何段階ものプロセスがあるのかもしれません。
見て、触って、においをかいで、口に入れて、出してみて、また別の日に、ちょっとだけかじって、またやめて、気が向いたときに、ふと、食べられるようになる。
そしてそのすべての過程に、ちゃんと意味があるのだと思います。
娘がトマトを食べるまでには、時間がかかりました。それでも私の中では、「あの日スーパーで手を伸ばしたとき」がスタート地点。
「食べてないけど、ちょっと近づいた」
「ぺっ、ってするけど、嫌いとは限らない」
「好きなキャラクターがきっかけになることもある」
そんなひとつひとつの出来事が、私にとっては「食べること」の学びの時間でした。
子どもが何かに興味を持つきっかけって、本当にささいなことから始まる。それがどんなにゆっくりでも、回り道に見えても、ちゃんと意味があるんだと、あの「ぺっ」から私は教わったように思います。
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次回は、家庭菜園の話です。
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