寝息が残る場所
夜の静けさの中で、
ふと、子どもの寝息を思い出すときがある。
もう三ヶ月も、隣でその音を聞いていないのに、
心のどこかで、あのリズムをまだ覚えている。
あの子はいま、どんな夢を見ているんだろう。
その夢のどこかに、
私の影が少しでも残っているだろうか。
母親であることは、
たとえ離れても、終わらない祈りのようなものだと思う。
誰かに誇れる生き方を選んだつもりでも、
心の奥では、いつも
「これでよかったの?」と問う声がする。
もし、あのまま一緒にいたら、
一緒に笑って、怒って、泣いて──
成長を間近で見届けられたかもしれない。
その時間は、もう取り戻せない。
それが胸の奥で、静かに疼く夜がある。
それでも私は、
あの場所に留まることができなかった。
理由を並べることはできるけれど、
どれも、あとからつけた言葉のようにも思える。
ただ、
あのときの私は、あの選択をした。
私が生きることで、
あの子が「自分も自由に生きていい」と思えるなら、
それでよかったと思える日が、来るのかもしれない。
私は、母である前に、ひとりの人間だ。
でも、母であることが消えたわけではない。
離れていても、
その存在の重さは、どこにも行かない。
夜の終わり。
遠くの空に向かって「おやすみ」とつぶやく。
誰もいない部屋に、
その言葉がやわらかく溶けていく。
