『七夕の歩幅』|毎週ショートショートnote
一年に一度、七夕の夜にだけ会える二人のために、天帝は彦星にひとつの提案を持ちかけた。
「夜明けまでに歩いて囲んだ天の川の領地を新居として与えよう。ただし、夜明けまでに元の場所に戻らねばすべて没収とする」
彦星は深く頷くと、ゆっくりと歩き始めた。
胸にあるのは、広い土地を織姫に贈り、喜ばせたいという純粋な願いだけだった。
一歩、また一歩。
歩幅は次第に大きくなり、その願いは、いつしか欲へと変わっていく。
もっと広く。もっと遠くへ。
気がつけば、出発した場所ははるか彼方だった。
すぐ引き返さなければ刻限までに戻れない。
息をのみ、来た道を全力で駆け出した。
星々を蹴り、何度もつまずきながら、それでも走り続ける。
だが、あと一歩というその瞬間、天帝の静かな声が響いた。
「刻限だ」
その場へ倒れ込む彦星を見下ろし、天帝は静かに言葉を続けた。
「欲を出しすぎたな……だが、最後まで諦めず走り続けた、その心に免じよう」
天帝は彦星が倒れ伏した場所を指さした。
「その身が収まる広さだけを、そなたの領地とする」
彦星が得たのは、体ひとつ分ほどの、小さな土地。
がっくりとうなだれる彦星に、駆け寄った織姫は微笑んだ。
「がっかりしないで。一年に一度、こうして寄り添って座るのには、たった一歩の歩幅があれば十分だもの」
周囲の星々がまばゆい光の海へと溶けていく。
二人がぴったりと身を寄せ合ったその場所は、世界で一番狭くて、一番あたたかい、天の川の特等席だった。

お題:【七夕の歩幅】
下記の企画に参加させていただきました。
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