踏切オーディション|毎週ショートショートnote
「足裏の摩擦係数、コンマ零二。ベクトル、完璧に順方向です」
助手の報告に、審査員席の老人たちは一斉に身を乗り出した。
ここは「踏み切り」オーディション。
人生の重大な決断において、いかに美しく踏み切ったかを競う最高峰の舞台だ。
ステージ中央では、一人の男が完璧なフォームで「会社に辞表を叩きつける瞬間」の踏み切りを実演していた。
その跳躍は、未練も躊躇も一切ない、綺麗な放物線を描いている。
「素晴らしい。踵の重心移動に、一ミリの淀みもない」
「過去をちぎり捨てる、実に見事な剥離の音だ」
老人たちが手元の採点ダイヤルを回す。
だが、男はまだ着地しない。
宙に浮いたまま、審査員たちを冷徹に見下ろしている。
「おい、まさか……」
男は、このオーディションを通過することすら、すでに「踏み切って」いたのだ。
男のベクトルは審査員席を飛び越え、部屋の天井すら突き抜けて、まだ見ぬ未知の領域へと上昇していく。
床にはただ、白く煙る、完璧な踏み切りの足跡だけが残されていた。

―了―
お題:「踏切オーディション」
こちらの企画に参加させていただきました。
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