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cobito_story
#142 書くことは自分との対話
毎朝ジャーナリングをしている。
書くことは、自分との対話だと思っている。
手帳やノートは誰かに見せることを前提に書いていない。だからこそ、その時々の本音や迷い、整理しきれていない思いまで書くことができる。
少し前に、ともに学んでいた仲間に、ノートのメモを見せてほしいと言われたことがあった。その時は少し、いや、だいぶ戸惑った。
恥ずかしいような、不思議な感覚だった。
もう半分あきらめ。
たとえメモであったとしても、やはり見せたくなかったなと。そう感じるほどパーソナルなもの。
考えてみると、ジャーナリングは自分に向けて書く言葉なのだと思う。
誰にも見せる必要のない言葉。
一方で、noteは誰かに読んでもらうことを前提として書いている。自分の考えや経験を整理し、言葉を選びながら綴っているものだ。
だから、noteに書いている自分は少し着飾っているのかもしれない。
相手意識が働くということ。
自分の中にある思いや考えを、誰かに届く形に整えているのだと思う。
見せる必要のない言葉と、必要だから見せる言葉。
どちらも大切な言葉であり、どちらも自分にとって必要な言葉。
