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【しばまぁ】 Vo.零 売れないまぁちゃんと、2度と見失わないと決めたたっくん

#創作大賞2026 #エッセイ部門

まぁちゃんは売れない。
天変地異でもない限り、この先も売れないだろう。
僕にはまぁちゃんの心の声がひしひしと聞こえる。

〝あたしゃ売りもんじゃねぇ!!〟

売れたい。
けど、自分に売り値がつけられない。

おおいなる矛盾の狭間で、今日も元気に空回り。
それがまぁちゃんだ。

トレーナーさんといえば、爽やかで面倒見がよく、人との調和を大切にする、そんな人こそふさわしい。
だから恐ろしいほど真逆をいくまぁちゃんが売れないことは、もはや自然現象に近い。
今日も夜が明けることと同じぐらい自明のことだ。

昔はそこそこ売れたらしい。
それこそ、半年に一回休みが取れるかどうか。
フリーランスとして仕事を請け負っていたまぁちゃんの毎日は完全にブラックだった。
もっとも、幼馴染の僕はまぁちゃんが大学に進学してからは少しばかり疎遠だったから、このときの様子はわからない。
だけどあるへんばかりにブラック耐性を備えていることだけはわかる。
なぜなら子供の頃から根性論至上主義の部活動に明け暮れていたからだ。
昭和の価値観を引きずる平成の部活動は、休むことなんて許されない。
ブラックで当たり前。
むしろブラックでないと強くなれない。

「部活の延長で仕事してた」
と言っていたまぁちゃんは、きっと休むことのほうが不安だっただろうけど、二十代も後半に差し掛かったある日、状況が変わった。

子宮に癌が見つかった。
俊足ランナーのような癌だった。
若さも追い風だった。

「癌自体は小さいけれど、転移しそうなところもまとめて取りましょう」

サラッと言った医者の言葉に、これまたサラッと「じゃあそれで」と、返した。
本日のおすすめを軽くオーダーするようにまぁちゃんは手術に臨んだ。

〝シェフのおすすめ〟のメインは子宮だった。
前菜に卵管と卵巣、デザートはリンパ節。

シェフの見事な手さばきで、それらはあっという間にまぁちゃんの体の中から取り除かれた。

普通は悲嘆に暮れるところだけれど、ここでもまぁちゃんは逆を行く。
大きな手術を乗り越えたことでランクアップの効果音が鳴り響いた。
さながらRPGで特別な装備をゲットしたような感覚だ。

だからなんの〝根拠もなく〟ワクワクした。
もっと大きな冒険が待っている、と。

〝根拠もなく〟とは、まぁちゃんを表すにふさわしい言葉だ。

根拠とは、単なる感情や意見ではなく、第三者が確認可能な裏付けや客観的データのことで、だとするといつだって自分の感情と意見で行動するまぁちゃんの辞書に根拠の文字はあろうはずがない。

と、これは手術という冒険をするまでのまぁちゃんだ。

〝根拠なく〟強くなった気がしていたまぁちゃんの中で「あれ?」が膨らんでいくのにさほど時間は掛からなかった。
まず、体力がない。
ブラックをこなせない。
そしてなぜだか思考力も芳しくない。
痛みを訴える選手の状態をどのように評価すべきかわからなくなった。
問診をして、動作を確認して、触診をする。
それだけの段取りがわからなくなった。
専門学校で受け持っていた授業も支離滅裂だった。
感覚で生きるまあちゃんに元々授業なんてできるはずがないのだけれど、それでも休職前と明らかに違った。
つい一ヶ月まで当たり前にやっていたことが、頭の中からすっぽり抜けて落ちて、子宮や卵巣と一緒にどこかへ消えてしまった。 
そんな感覚だった。

特筆すべきは車の運転が怖かったこと、らしい。
「それまでも2週間ハンドルを握らないことなんてザラにあったけど、退院してから初めて車に乗ったときは教習所で初めて運転したときみたいだったよ」
それは未だに手術七不思議としてまあちゃんの記憶に残っているらしい。

協調性は野生に帰した。
元々貧弱だったのに、何倍も輪をかけた。
上司に噛みついては泣かせ、学生とのコミュニケーションに支障をきたした。
話すべきことがわからなくないのだ。
トレーナーを育成する専門学校で教員をしていたまぁちゃんは、復職後わずか2ヶ月で退職した。

強気の一手だった。
この時点では。
まだ、根拠のない装備を信じていたからだ。

だけどここからくだり坂。
新しい職場に意義を見出せなかったまぁちゃんは、たちまち心の闇に飲み込まれた。

仕事も休みがちになり、家に引きこもっていたという。月の半分はベットから起きられず、枕を湿らせていたというのだから異常事態だ。

〝下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる〟を地で行くまぁちゃんが、ジッとしているなんて!!!

僕は衝撃を受けた。

上司に噛みつき、授業は支離滅裂。
くらいなら通常運転では?と疑っていたところだ。

怒りんぼうのまぁちゃんはみんなで遊んでいるときにもよく癇癪を起こした。

「もう帰る!!」とドアから飛び出し、片道2キロの道のりをたった一人で帰ったのは幼稚園のときだったし、かくれんぼで負けて靴袋を振り回し、同級生のメガネを割ったのは小学校高学年のときだ。

そんなまぁちゃんだから、ちょっとぐらい人とうまく付き合えないくらいは、むしろまぁちゃんらしいのだけど「泣く以外何もできなかった」というまぁちゃんは想像がつかない。

泣きながら、破壊しながら、ゴジラのように進んでいくのがまぁちゃんだからだ。

人は自分の力でどうにもできないことに何かしら正当な理由を求める。
ベットの中で見つけたまぁちゃんの正当な理由は、更年期障害だった。

更年期障害とは、閉経前後の女性に起こる不定愁訴のことだ。女性ホルモンの減少によって引き起こされる。

卵巣と子宮を摘出したあの日、まぁちゃんは女性ホルモンにサヨナラを告げた。
ホルモン補充療法のためにシールタイプの薬をお腹に貼ってはいたが、閉経直前ほどのごく微量なホルモン補充だったらしい。

「全ての原因は更年期障害で、手術によって変わってしまったのだ!!」

そう思うことが、あの時のまぁちゃんにとって慰めになったのか、絶望となったのか。
まぁちゃん自身判然としない。 

だけどそこからまぁちゃんは変わった。
少なくとも、変わろうとした。

トレーナーという仕事柄、解剖学や生理学などの体の勉強はたくさんした。
とくに教員時代、生理学も解剖学も授業を受け持っていたし、帯同先で体調を崩した選手のケアをすることも度々あった。

体のことに関しては少なくとも一般人よりは詳しい。
だから更年期障害なら更年期障害で、何とでも対処できる。
いや、むしろできなくてはいけない。

〝なぜならトレーナーだから〟

そしてまぁちゃんは生活の全てを変えた。
食べるものを変え、規則正しく暮らした。
たけど上手くいかない。

まず眠れない。
サボってばかりでは収入がない。

家賃に怯える毎日で、安全な無添加食品に手が出せるはずもなく、眠れないのに規則正しいリズムができるはずもない。

睡眠と覚醒のリズムをコントロールしているのは脳幹網様体だ。頭蓋骨と頚椎の狭間にある。
しっかり眠るためにはセロトニンを分泌すること。
セロトニンを分泌するには歩行などの規則的な運動が効果的。
太陽も浴びなければならない。
朝日が覚醒の合図で、これがなければ夜も眠れない。

この程度のことなら知っていたから、まぁちゃんはすぐに実行した。だけどうまくいかない。
そもそも起き上がれないのだから。

更年期障害にはエストロゲンの補充が大事。
エストロゲンは医者から処方されている。
たけどごくごく微量だからまぁちゃんは追加でサプリメントを摂取することにした。
化学合成されたエストロゲン類似物質ではなく、植物由来の自然なエストロゲンのサプリメントを海外から個人輸入した。

まだ、起き上がれない。
高額なサプリメントが家計を圧迫する。
もはや更年期障害なのか、金欠で窒息死かけているのか。
おそらく後者だろう。と、今なら思えるらしい。

ちょっとぐらい体がしんどくても、無理のない生活基盤があればあそこまで塞ぎ込むことはなかっただろう。

今だから、そう思えるらしい。

だけど当時のまぁちゃんは更年期障害の問題が解決しなかったらまともに仕事も出来ないし、そもそも生きていけない。

そう考えた。

だからサプリメントをもうひとつ、追加した。
プロゲステロンだ。
女性ホルモンは本来2種類ある。
エストロゲンとプロゲステロンだ。
この2つは拮抗関係にあって、どちらかが増えるとどちらが減る。
そのバランスによって生理周期がコントロールされている。

生理前に分泌が増えるのはプロゲステロンで、生理前の不調はしばしばプロゲステロンのせいとされる。

プロゲステロンは卵巣以外からは分泌されないが、エストロゲンは卵巣以外からも多少は分泌される。

そのため更年期であろうと、エストロゲンは多少分泌されるが、プロゲステロンはゼロになる。
このアンバランスによって更年期障害が起こるのではないか。
海外の医師の主張に、藁にもすがる思いでプロゲステロンを摂取した。

家計はますます火の車だったけど、そこはゴジラの精神だ。
この先にしか道はない!とサプリメントの摂取を続けた。

半年が過ぎた頃、ふと気づいた。
どうにも起き上がれないほど辛くなるのが月末から翌月10日ぐらいの間に限られていると。

気づいてからは、なお一層この期間を意識し、怯え、意識すればするほど状態は悪くなった。

自分が何をしでかすかわからない。
なんでもない言葉に傷つき、回復不能(この時点では)な傷を負う。
突発的に当たり散らし、窓ガラスは3度割った。
大切な人を大切にできないことが、こんなにも辛いことなのだと、思い知らされる日々だった。

〝話せばわかる〟
〝理解してもらうことが大切〟

だからまぁちゃんは話すことにした。

この頃のまぁちゃんは知り合いとスポーツジムを立ち上げていて、〝経営者〟という肩書を手に入れていた。
共同経営の仲間もまぁちゃんの体のことはわかってくれていて、急に休もうが癇癪を起こそうが何も言わずに受け止めてくれた。

それは決してポジティブな受容ではなかったのだけれど、何も言われないことをいいことに、まぁちゃんは更年期障害に甘んじた。

だけど今なら思うらしい。
世の中には頭でわかっていても、気持ちが追いつかないことがたくさんあるのだと。
まぁちゃんが話をして、受け入れてくれたはずのみんなとの溝は少しずつ深くなっていき、居心地が悪くなったまぁちゃんは、またしても仕事を辞めてしまった。

手術をしてから2年が過ぎた頃のことだった。

薄々は、感じていたのだ。
迷惑を掛けていると。
たけど指摘されることは受け入れられない。
必死だから。
それで、独立する道を選んだ。
一人なら、誰にも迷惑掛けない。

軌道に乗ったジムを退職して、またしても収入の不安定な道を選んだ。

この頃、僕はよくまぁちゃんに連絡していたのだ。
大学進学と同時に引っ越したまぁちゃんとは疎遠になっていたのだけれど、無性にまぁちゃんに会いたかった時期だった。

だけどまぁちゃんから返事が来ることはなかった。
連絡が取れた、もとい、再会したのは手術から14年が過ぎたつい最近のことだ。

「なんで僕の連絡を無視していたの?」

と、聞くと、まぁちゃんはこう答えた。

「話せば死ぬまで側にいてくれる事がわかってたから。たっくんにだけは依存したくなかった」

僕は何も言えなかった。

そんなまぁちゃんにも、この時期〝彼氏〟なるものがいたらしい。

「不思議なもので、当たり前に女性ホルモンが出ていた頃は気にもとめなかった女性らしさに執着するようになったんだよね」

こう言ったとき、まぁちゃんは笑っていた。

〝彼氏〟とは、なにもかも上手くいかなかったらしい。月末と月初めは彼氏を激しくなじり、衝突をした。

〝恋人同士だからこその夜〟にも、バツの悪い空気が流れていた。
卵巣を失ったまぁちゃんの凹みは干ばつで張り付いていた。

〝彼氏〟に「別れよう」と言ったのは、まぁちゃんだった。

子供も産めない。
夜も上手くいかない。
癇癪ばかり起こす。
1人なら、迷惑掛けない。

こうして、ひとり、またひとり、と関係を絶っていったまぁちゃんは、遂に携帯電話も解約した。
連絡手段を持たなければ、連絡を待つこともない。

それと同時にやめたことがある。

女性ホルモンの摂取だ。
「無いなら無いで、諦めるしかない」
月に3万円を掛けていたサプリメントも、処方されたエストロゲンのパッチシールも、全てゴミ箱に捨てた。

〝諦めること〟は予想外に心地よかった、らしい。
根性論ど真ん中世代のまぁちゃんはこれまで諦めないことだけが大切だと思っていた。
だけど〝諦めてから始まることを知った〟のだと言う。

女性ホルモンがないのだから峰不二子は目指せない。
実際、胸のカップはGからBまで急激に小さくなり、皮だけが残された。
当然、垂れる。
「いっそのことノーブラで行けるんじゃね?」
と、ブラジャーを捨てた。

ハリとツヤも諦めなければならない。
女性ホルモンのある人には絶対勝てない。
「ならば土俵を降りてやろう!」
と、美容グッズを捨てた。
洗顔、化粧水、乳液、日焼け止め、ファンデーションからシャンプーリンスに至るまでありとあらゆる手入れをやめた。

その結果、どうなったか?
どうもならない。らしい。

必需品だと思っていたものが、必ずしもそうではない、という感覚が予想外に心地よかったらしい。

携帯電話で連絡が取れないのならば、会いに行けばいい。
出来ないなら他の道を探せばいい。
手段はいくらでもあるのだという発見が、まぁちゃんの人生に革命を起こした。

それからありとあらゆるものを捨てた。
あるときはモノであり、あるときは考え方や価値観であり、有形無形に限らずバッサバッサと捨てまくった。

塩を一切摂らない民族がアマゾンにいると知れば、何か月も塩抜き生活をし、水を飲まなかったらどうなるのか?と知りたくなったら何ヶ月も水分を摂らない生活をした。

中でも水断ちはとても楽しかったらしい。
初めて脱水症状を経験したときは「これがかの有名な脱水症状か」と歓喜した。
水断ちから一ヶ月が過ぎた頃に追加したルールでは幸せの意味を知ったという。
それは〝1日1個の果物だけは許す〟というものだ。

「死ぬほど喉が渇いているときの伊予柑の瑞々しさたるや!!!」

水断ちを経て、〝幸せは枯渇しているからこそ感じるものだ〟と気付いたらしい。

それからまぁちゃんは積極的に不便と枯渇感を受け入れている。
携帯電話は確保したものの、メッセージアプリなどは使っていないし、肌のシミやシワを見ては「そう来たか!!」と、喜んでいる。

ちなみに塩と水を何ヶ月を抜いてどうなったか?
それも、どうもならなかったらしい。
水断ちの際に脱水症状になったり、手術後に起きる全身の痛みのような変化が一時的には起こったものの、本当に〝一時的〟なものだったらしい。

「人間ってすごいよ!なんでも適応しちゃうんだから!あれこれ管理しようとするよりも、体に任せちゃったほうがいいんだよ」

その代わり、生理機能だけは死守しなければならない、とはまぁちゃんの言葉で、まぁちゃんの確固たる方針だ。

「生理学を勉強したらわかるけど、体の生理機能の目的って〝恒常生を保つこと〟と〝生殖〟なの。体は常に一定であろうと働いてくれるんだけど、それをわざわざ邪魔してるのは他でもない私たちだ」

風邪を引いたら免疫機能が働く。
血糖値が下がったらお腹が空く。
脂肪が増えたら、代謝を促進し、食欲を低下させるホルモンが出る。

やれ糖質制限だ抗酸化物質だ、やれ運動だ、と部分的に管理するのではなく、身体活動が滞りなく循環する流れそのものが大切だ。

そしてそれは至極簡単なことで、誰でも知っていて、誰しもができることだ。と、まぁちゃんは言う。

規則正しく生活し、栄養のあるものを食べ、適度に体を動かす。
これはむしろ身体活動が健全であれば、自然にこうなるのだとまぁちゃんは言う。

夜になったら眠くなり、栄養のあるものを欲し、体を動かすことが心地良いと感じる。

僕がまぁちゃんと再会したのは、すでに色んなことを諦めきって、身体活動の循環を整えた後だった。

10年以上の歳月を不調とともに過ごしたまぁちゃんは、今、すこぶる元気だ。
ほとんど毎日まぁちゃんと一緒にいても、癇癪を起こすことはない。

だけどたまにGmailが届く。

「今日は来ちゃだめ」

最初の頃、僕はこのメールが不安だった。
誰か他に会っている異性がいるのか?とか、僕のことが迷惑なのでは?とか、余計なことが頭を巡った。

だけど真意は違ったらしい。

更年期障害はだいたい10年ほどで落ち着く。
手術から14年が過ぎたまぁちゃんの状態も、以前とは比べ物にならないほど良いらしいのだけど、それでもたまにどうしょうもなく混乱するときがあるらしい。

更年期障害は、更年期の時期に生じる様々な不調のことだけど、まぁちゃんは特にメンタルが荒れるらしい。
躁鬱や抑鬱までは行かないにしても、それと似たような事態に陥るそうで、まぁちゃんが「来ちゃだめ」とメールをするのは、そんな日だと言う。

「どうしようもなく辛くて、しんどくて、苦しいけど、必ず終わることを知ってるから耐えられる」

と言うまぁちゃんに、僕は複雑な思いを抱えている。

「そんなに辛いなら言ってほしいよ。少なくとも側にいたら何かできることはある」

僕としては、まぁちゃんが人生で一番もがいたであろう14年間に何もできなかったことが今でも悔しい。
だから少しでも何かしたいと思うのだけれど、まぁちゃんはゆっくり首を横に振った。

「被害は少ないほうがいいんだよ。損失は抑えなきゃ。商売人だからね」 

〝料金自由。なんなら物々交換とかとかスキル交換でも良いよ〟という、商売魂とは懸け離れた営業スタイルを持つまぁちゃんが商売人であろうはずがないのだけれど、当の本人は嬉しそうに人差し指と親指で作った輪っかから僕を覗き込んでいる。

泣いて、怒って、暴言を吐いて、クッションを投げて。
死ぬほど暴れて死ぬほど堕ちたら、次の日にはケロッとしていることも多いのだと言う。

「そんなときに無理に人に会って嫌な思いさせたら、自己嫌悪で立ち直りが遅れるし、どれだけ理解してくれていても関係はギクシャクする。損失が大きいんだよ」

大事な人ほど会いたくない、と、まぁちゃんが言ったとき、僕の胸は熱くもなり、ガランともした。

「それにね、懐かしくもなるんだ。〝あぁ、昔はほとんど毎日こんな感じだったなぁ〟って。前より随分楽になったなぁって、感動しちゃうんだよ」

ひどかった時期は、もはや荒れているのが通常運転で、たまに小休止のように調子がいいときがあるだけだったのだという。 

「一度荒れたらどうにもならないから、小休止の間にやるべきことをしっかりやって、荒れたら嵐に身を任せてたの。荒れてるときに無理して踏ん張ったら、本来調子がいいはずの小休止が荒れちゃうからもったいないんだよ」

ホルモンのサイクルなるものに振り回されたことのない僕には全くわからない感覚だった。

「改善策はなかったの?」

これだけ医学が発達しているのだから、何かしらある気がした。

「無い…ことも無いんだろうけど、日々の目的が〝打倒!更年期障害〟になるより、諦めちゃったほうが楽しく生きれるよ」

まぁちゃんは曲がりなりにも医学と科学を学んだトレーナーだ。
そのトレーナーから出てくる言葉が「諦めろ」なのだから、僕は笑ってしまった。

「元も子もないじゃないか」

するとまぁちゃんは人差し指を立てて、左右に振った。

「チッチッチ。〝諦める〟ことで活路を作るのさ」

〝女性らしさ〟も〝母親〟も〝妻〟も〝恋人〟も、諦め尽くしたまぁちゃんが見い出した活路は何だろうか。
僕にはまだ見えないけれど、まぁちゃんにはきっと大海原が見えているのだろう。
できれば共に船を漕ぎ出したいけど、おそらくまぁちゃんが首を縦に振らない。

「たっくんが未来を描ける人と出会ったら、私のことは諦めて」

初めて更年期障害について話してくれた時に、まぁちゃんから言われた言葉を思い出す。

あのとき僕は何も言えなかったけど、言葉はきっと必要ない。
僕は僕の船で漕ぎ出すのだ。
まぁちゃんの船を見失わないように。

最近のまぁちゃんは体臭温存委員会の活動に熱を上げ、体の慣用句通りに心の調子を整える手技を作るんだと意気込み、ゴミ拾いに邁進している。

1円にもならないことで日々を埋め尽くしているまぁちゃんを見失わずにいるなんてこと、きっと僕にしか出来ないだろうから。









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