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凪野 さら|沈黙の系譜|私の作品は、誰かの記事の素材ではない







一つの作品が生まれるまでには、
その人にしか分からない時間があります。


何を描きたいのか。
何を伝えたいのか。
どこまで言葉にして、
どこから沈黙として残すのか。


作品とは、完成した画像や文章だけではありません。


そこには、作者が積み重ねてきた経験や感情、
譲れない美学があります。


だから私は、はっきり伝えておきたい。


私の作品は、誰かの記事を飾るための素材ではありません。


「参考にした」と「利用した」は同じではない
作品を見て、何かを感じる。



心が動く。



自分の中に、新しい問いが生まれる。



それは、創作が人から人へ届いた証だと思います。



けれど、
印象的な一文だけを切り取る。



作品の一部だけを抜き出す。
作者の意図から離れた文脈で使う。
自分の記事を目立たせるための材料にする。
それは、作品から影響を受けることとは違います。



元の作品に敬意を払わず、
都合のよい部分だけを持っていけば、
そこにあった意味も、感情も、背景も失われます。



作品は、切り取った瞬間に、
別の意味へ変わってしまうことがあります。



一文だけでも、作者の作品です



文章は、文字を並べただけのものではありません。



短い一文にも、
その言葉へたどり着くまでの時間があります。



何度も考え、
削り、
残し、
ようやく形になった言葉があります。



一文だけだから。
短いから。



インターネットに公開されているから。
そのような理由で、



自由に使ってよいものになるわけではありません。



公開することと、
権利を手放すことは別です。



読めることと、
自由に利用できることも別です。



引用という言葉で、何でも許されるわけではない


他者の文章を扱うとき、
「引用」という言葉が使われることがあります。



けれど、引用元を示さず、
自分の文章と区別せず、
元の趣旨を変えて使用することまで、
引用とは呼べません。



法令上認められる正当な引用には、
引用部分と自分の文章が明確に区別され、
出典が示されていることなど、必要な条件があります。



ただ名前を書けばよい。
リンクを付ければよい。
許可を求めれば、あとは自由に使ってよい。
私は、そうは考えていません。



作品を扱うなら、
作者の意図と作品の文脈にも敬意を払ってほしい。



それが、創作を受け取る側に必要な姿勢だと思っています。



「紹介」と「流用」の境界線  



作品を紹介していただけることは、ありがたいことです。



元の作品をそのまま紹介し、
作者名と掲載元を明記し、
作品へ正しくつながる形で届けていただく。



そこには、作者と作品への敬意があります。



しかし、
一部だけを切り取る。
別の文章へ組み込む。



意味を変えて使う。
自分の作品のように見せる。



画像や文章を加工する。
作者の名前や権利表記を消す。



これらは、紹介とは違います。
作品を大切に思ってくださるなら、
作品が作品のまま届く形を選んでほしい。
私は、それを願っています。



作品は、消費されるためだけにあるのではない



インターネットでは、
次から次へと新しい情報が流れていきます。



読まれ、
見られ、
共有され、
やがて忘れられていく。



けれど、作品は単なる情報ではありません。
数字を集めるための材料でも、
誰かの主張を補強するための道具でもありません。



そこには、作者の名前があります。
作者の人生があります。



作者が守りたい世界があります。
作品を受け取るということは、
その向こうにいる作者の存在も受け取ることだと思います。


私は、自分の作品を守ります



作品を守ることは、
誰かを疑い続けることではありません。



自分が何を大切にしているのかを、
明確にしておくことです。



どこまでならよいのか。
何をされたくないのか。
どのように作品を届けたいのか。
それを言葉にして示すことも、
作者としての責任だと思っています。



私は、誰かの創作を軽く扱いません。
だから、私の作品も軽く扱ってほしくありません。



完成した作品だけではなく、
そこに込めた意味も、
残した沈黙も、
作品の一部です。



誰にも媚びず、自らの美学を貫く



「沈黙の系譜」は、
凪野 さらの世界観から生まれたオリジナル作品です。

誰かに合わせるために、
つくっているのではありません。

流行に寄せるためでも、
数字だけを追うためでもありません。

自分が信じる美学を、
自分の言葉と表現で残していく。

そのために、私は作品をつくっています。
作品は、誰かの記事を飾るための素材ではない。
印象的な部分だけを持ち去るためのものでもない。


作品は、作品として受け取ってほしい。
それが、作者としての私の意思です。



凪野 さら|沈黙の系譜



すべては、ここにある。
Everything is already here.
人生をアーカイブする女。



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凪野 さら|沈黙の系譜


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凪野 さら|沈黙の系譜

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作品名・シリーズ名について


「沈黙の系譜」は、凪野 さらのオリジナルブランドです。

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