『DIE WITH ZERO』は本当に正しいのか?「お金を使い切る人生」をめぐる賛成論・反論から考える
『DIE WITH ZERO』は本当に正しいのか?
――「お金を使い切る人生」をめぐる賛成論・反論から考える
「死ぬときに、できるだけお金を残さない」。
こんな考え方を聞いたら、皆さんはどう感じるでしょうか。
「せっかく働いて稼いだのだから、生きているうちに使ったほうがいい」
と思う人もいれば、
「何歳まで生きるかわからないのに、お金を使ってしまって大丈夫なのか」
と不安を感じる人もいるでしょう。
この議論を世界的に有名にしたのが、
ビル・パーキンス著『Die With Zero: Getting All You Can from Your Money and Your Life』です。
日本では児島修氏の翻訳による『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』として、ダイヤモンド社から2020年に刊行されています。出版社によると、本書では「今しかできないことへの投資」や、人生の時期に合わせたお金の使い方など、9つのルールが紹介されています。
ところが、この考え方には賛同だけでなく、当然ながら反論もあります。
では、いったい何が正しいのでしょうか。
今回は、一方を正解と決めつけるのではなく、両方の主張を比較しながら考えてみたいと思います。
そもそも「DIE WITH ZERO」とは何なのか
タイトルをそのまま読むと、
「資産をゼロにして死ぬ」
という、かなり大胆な主張に見えます。
しかし、本書全体の考え方を見ると、単純に
「貯金を全部使え」
「老後資金を残すな」
と言っているわけではありません。
むしろ中心にあるのは、
人生で得られる経験の価値を最大化する
という発想です。
お金そのものを増やすことを人生の最終目的にするのではなく、お金を使って旅行をしたり、大切な人と過ごしたり、挑戦したりすることで、「人生そのもの」を豊かにしようという考え方です。出版社も、本書を「人生を豊かにするための9つのルール」を示す本として紹介しています。
お金には価値がある。しかし時間にも「期限」がある
DIE WITH ZEROの重要な視点は、
お金は後から増やせても、時間や若さは取り戻せない
ということです。
例えば、
「いつか世界一周旅行をしたい」
と思っていたとします。
30歳ならバックパックを背負って長時間歩く旅行ができるかもしれません。
50歳なら少し快適なホテルを利用した旅行になるかもしれません。
80歳になると、同じ旅行そのものが難しくなる可能性があります。
つまり、
やりたいことには「できる時期」がある
ということです。
お金を貯めることだけを優先し続け、
「老後になったら楽しもう」
と思っていても、そのとき健康や体力が残っている保証はありません。
ここにはDIE WITH ZEROの非常に重要な問題提起があります。
「経験」は一度きりの消費ではない
本書で特徴的なのが、いわゆる「記憶の配当」という考え方です。
若い時に経験した旅行、仕事、挑戦、人との出会いなどは、その瞬間だけで終わるとは限りません。
その後、
「あの時は楽しかった」
「あの経験があったから今の自分がある」
と何度も思い返すことができます。
つまり、経験には、その後の人生に長く影響する価値があるという考え方です。
仮に同じ旅行をするなら、人生の最後に一度経験するよりも、早い時期に経験したほうが、その後長期間にわたって思い出として楽しめる可能性があります。
これが、パーキンス氏が「経験への投資」を重視する理由の一つです。
では、なぜ反論が生まれるのか
ここまで読むと非常に合理的に見えます。
しかし、現実の人生には大きな問題があります。
それは、
自分が何歳まで生きるかわからない
ということです。
75歳で人生を終えると思って資産を使っていた人が、95歳まで生きたらどうなるでしょう。
さらに、
病気、
介護、
住宅修繕、
物価上昇、
家族への支援、
予想外の災害
などもあります。
人生には、事前に計算できない費用が数多く存在します。
2026年のKiplingerの記事でも、DIE WITH ZEROの考え方に対する代表的な懸念として、長生きして資産が不足する「長寿リスク」、予想外の医療費、資産を早く取り崩すことによる運用上のリスクなどが指摘されています。
だからこそ、
「本当にゼロを目指してよいのか?」
という反論が出てくるのです。
日本で注目される橘玲氏の反論
日本でDIE WITH ZEROについて興味深い検討を行っている一人が、作家の橘玲氏です。
『シンプルで合理的な人生設計』の中で、橘氏はDIE WITH ZEROの考え方を取り上げています。
ただし重要なのは、橘氏がパーキンス氏の主張を全面的に否定しているわけではないことです。
橘氏はパーキンス氏の主張を、おおむね、
若いうちは小さな貯蓄より経験を優先すること、
子どもが必要としている時期に生前贈与すること、
老後への十分な備えを確保したうえで、それ以上の資産は自分や家族、寄付などに使うこと、
という方向の考え方として整理しています。
ここまで見ると、実は両者はそれほど対立していません。
大きな違いは「複利」をどう見るか
問題になるのは、
若い時のお金には非常に大きな将来価値がある
という点です。
若い時に投資したお金は、長期間運用することができます。
運用による利益を再び投資することで、「複利」によって資産が成長する可能性があります。
これは金融の基本原則の一つです。
したがって、
「若い時こそ経験にお金を使おう」
という考え方を極端に実行すると、
本来長期間運用できた資金まで失ってしまう可能性があります。
橘氏も、金融資産は複利によって増え、その効果は運用期間が長いほど大きいという一般的なファイナンスの考え方を踏まえて、DIE WITH ZEROを検討しています。
ここが非常に重要な論点です。
「経験の複利」と「お金の複利」
この問題を、私は次のように考えるとわかりやすいと思います。
DIE WITH ZEROが重視しているのは、
経験の複利
です。
若い時の経験が、その後の人間関係、仕事、価値観、思い出などにつながっていく。
一方、資産形成で重要なのは、
金融資産の複利
です。
若いうちに投資した資金が時間をかけて成長していく。
つまり人生では、
経験の複利と、お金の複利の両方が存在する
と考えられるのです。
どちらか一方だけを最大化すればよい、という問題ではありません。
「ゼロで死ぬ」を文字通り受け取る必要はない
ここも大切なポイントです。
DIE WITH ZEROを、
「死ぬ瞬間の銀行口座を0円にする方法」
と理解してしまうと、現実にはほとんど実行不可能でしょう。
人間は自分の寿命を正確には知ることができないからです。
近年の解説でも、本書の考え方は「何も考えず資産を使い切る」という意味ではなく、必要な老後資金を確保したうえで、過剰な資産蓄積を人生の目的にしないことだと解釈されています。
したがって私は、
ZEROは目標金額というより、人生設計の方向を示す言葉
と理解したほうがよいと思います。
子どもへの相続についても興味深い
DIE WITH ZEROの中でも特に考えさせられるのが、
「財産をいつ渡すか」
という問題です。
一般的な相続では、親が亡くなった後に子どもが財産を受け取ります。
しかし、平均寿命が延びれば、子どもが財産を受け取る時には50代、60代、場合によってはそれ以上になっていることがあります。
その頃より、
住宅購入、
子育て、
起業、
教育
などで資金が必要になる30代や40代に支援したほうが、同じ金額でも人生への影響が大きいのではないか。
これがパーキンス氏の問題提起です。
この点については、橘氏もDIE WITH ZEROの主張として取り上げています。
もちろん日本では贈与税・相続税などの制度がありますので、実際に行う場合には税務上の検討が別途必要です。
結局、「どちらが正しい」のか
ここまで見てくると、私はDIE WITH ZEROとその反論は、
実は正反対の主張ではない
と考えます。
DIE WITH ZEROが警告しているのは、
「将来が不安だから」という理由でお金を貯め続け、その結果、人生で本当にやりたかったことを何もせずに終わってしまうリスクです。
一方、反論側が警告しているのは、
「今を楽しもう」という考え方を優先しすぎて、老後の資金や予期せぬ支出への備えを失ってしまうリスクです。
つまり、
片方は「人生を使わずに終わるリスク」を警告し、もう片方は「お金を使いすぎて困るリスク」を警告している。
そう考えると、とてもわかりやすくなります。
本当に目指すべきは「DIE WITH ZERO」ではなく「DIE WITH BALANCE」かもしれない
私たちは、自分が何歳まで生きるかを知ることはできません。
だから完全にゼロにすることも、完璧に老後資金を計算することもできません。
しかし、
「お金」
「時間」
「健康」
「家族」
「経験」
のバランスを考えることはできます。
若い頃には健康と時間があります。
働き盛りになるとお金が増えてきます。
高齢になると時間は増えるかもしれませんが、健康面でできることが少しずつ限定される可能性があります。
そのため重要なのは、
人生の各時期に、その時しかできないことへ適切に資源を配分すること
なのではないでしょうか。
私なりの結論
『DIE WITH ZERO』の価値は、
「本当に0円で死ぬこと」
そのものにはないと思います。
本当の価値は、
「私は何のためにお金を貯めているのだろう?」
と問い直させてくれることにあります。
老後の安心のため。
家族のため。
旅行をするため。
好きなことをするため。
人を助けるため。
理由は人それぞれです。
しかし、お金を貯めることそのものが目的になってしまったとき、本来の目的と手段が逆転してしまいます。
逆に、人生を楽しむことだけを優先して備えを失えば、未来の自分を苦しめる可能性があります。
だから、
貯めることと使うこと。
未来への備えと現在の経験。
この両方を自分の人生に合わせて調整することが大切なのだと思います。
「ゼロで死ぬべきか?」
という問いより、
「自分の人生で、お金・時間・健康を、いつ、何に使うのが最も価値があるのか?」
と考えること。
それこそが、『DIE WITH ZERO』を読む最大の意味なのかもしれません。
参考書籍・参考情報
ビル・パーキンス著、児島修訳
『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』
ダイヤモンド社、2020年。
橘玲著
『シンプルで合理的な人生設計』
ダイヤモンド社、2023年。
※本記事は各書籍の内容をそのまま転載するものではなく、公開されている出版社情報等を参照しながら、筆者独自の視点で論点を整理・考察したものです。書籍本文の表現や構成を再現することは避けています。
🎯考察:おまけ追加
65歳からDIE WITH ZEROを実践するとしたら?
ここまで『DIE WITH ZERO』の考え方を見てきましたが、では実際に65歳を迎えた人が、この考え方を取り入れるとしたらどうなるでしょうか。
20代や30代と65歳では、当然ながら条件が大きく違います。
若い世代には、これから働いて収入を得られる長い期間があります。
一方、65歳以降になると、多くの人にとって年金が生活を支える重要な収入源になり、貯蓄や資産を「増やす時期」から「上手に使っていく時期」へと徐々に変化していきます。
だからこそ、65歳からのDIE WITH ZEROは、
「資産をゼロにする」
ではなく、
「残された時間の中で、お金をどのように人生の価値へ変換するか」
と考えたほうが現実的ではないでしょうか。
65歳になると「お金」より希少になるものがある
例えば65歳の人が、
「海外へ長期旅行したい」
「新しい仕事を始めたい」
「本を書きたい」
「趣味を本格的に始めたい」
と思っているとします。
これを、
「70歳になったら」
「75歳になったら」
と先送りすることもできます。
しかし、お金は残っていても、5年後、10年後に現在と同じ健康状態や体力があるとは限りません。
ここで重要になるのが、
健康に活動できる時間
です。
65歳以降になると、「資産残高」だけではなく、
あと何年間、自分の好きなことを自由にできるだろうか
という時間軸も重要になってきます。
だからといって焦ってお金を使う必要はありません。
重要なのは、
「いつかやろう」を無期限に延期しないこと
だと思います。
65歳からは「3つのお金」に分けて考えてみる
DIE WITH ZEROをそのまま実践して資産を急速に取り崩すのは、日本の高齢期の生活を考えるとリスクがあります。
そこで私は、65歳以降のお金を大きく3つに分けて考える方法が現実的だと思います。
① 守るお金
まず確保しておきたいのが、
生きていくためのお金
です。
日常生活費に加えて、
医療費
介護への備え
住宅修繕
家電などの買い替え
冠婚葬祭
災害などの緊急支出
といった、予想外の支出への備えも必要でしょう。
ここはDIE WITH ZEROだからといって無理に使う必要のない領域です。
むしろ安心して人生を楽しむための「土台」と考えます。
② 楽しむお金
次に、
人生を楽しむためのお金
を明確に分けます。
例えば、
旅行する。
美味しいものを食べる。
趣味を楽しむ。
会いたい人に会う。
行きたかった場所へ行く。
欲しかったものを買う。
こうした支出です。
老後になると、
「もったいないから」
「将来何かあるかもしれないから」
と、必要以上に支出を抑えてしまう場合があります。
しかし、十分な生活資金が確保されているのであれば、ここはDIE WITH ZEROの考え方を活用できる部分でしょう。
お金を経験へ変える。
これが重要になります。
③ 未来を創るお金
そして、もう一つ加えたいのが、
未来を創るためのお金
です。
65歳になったからといって、新しいことを始めてはいけない理由はありません。
例えば、
新しい技術を学ぶ。
AIを学ぶ。
資格を取得する。
本を書く。
作品を作る。
小さな事業を始める。
誰かに何かを教える。
社会活動を始める。
こうしたものも立派な「経験への投資」だと思います。
DIE WITH ZEROというと旅行や娯楽への支出が目立ちやすいのですが、経験への投資は遊びだけではありません。
「これから何を創るのか」にお金を使うことも、人生を豊かにする投資
なのではないでしょうか。
65歳から重要になる「時間の予算」
私たちは家計について、
「今月はいくら使えるか」
と考えます。
では、時間について同じように考えたことはあるでしょうか。
例えば、
「健康に活動できる期間があと15年ある」
と仮定してみます。
もちろん、本当に15年なのか20年なのかは誰にもわかりません。
しかし仮に15年と考えると、
15年は約180か月です。
そう考えると、
「いつかやりたい」
という言葉の意味が少し変わってきます。
人生には、お金だけではなく、
時間にも予算がある
と考えることができます。
そして時間の最大の特徴は、
貯金できないこと
です。
今日使わなかった1日は、明日に繰り越すことができません。
だから65歳以降では、資産残高と同じくらい「時間残高」を意識することが大切なのかもしれません。
「体験の前倒し」という考え方
例えば70歳までにやりたいことが10個あるとします。
それを全部、
「70歳になってからやろう」
と考える必要はありません。
むしろ、
体力を必要とする経験ほど前に持ってくる
という方法があります。
例えば、
海外旅行や登山など体力が必要なことは比較的早めに。
創作活動や勉強などは、その後も長く続ける。
近場の旅行や食事などは高齢になってからも楽しむ。
このように、
年齢によって経験する順番を変える
のです。
これはDIE WITH ZEROで示される「タイム・バケット」という発想とも親和性があります。
人生を年齢ごとの期間に区切り、
「この時期だからできることは何か」
を考える方法です。
65歳からの「経験ポートフォリオ」
金融投資では、一つの資産だけに投資せず、複数の資産へ分散する「ポートフォリオ」という考え方があります。
人生でも同じように考えてみると面白いかもしれません。
例えば、
健康への投資
旅行・娯楽への投資
家族や友人との時間
学習への投資
創作への投資
仕事・社会参加
誰かを助ける活動
などに時間とお金を分散させます。
私はこれを、
「経験ポートフォリオ」
と呼んでみたいと思います。
旅行だけに集中する必要もありません。
仕事だけに集中する必要もありません。
資産形成だけに集中する必要もありません。
いろいろな経験へ少しずつ時間とお金を配分することで、人生全体の満足度を高めていく考え方です。
そして「使わない」という選択にも価値がある
DIE WITH ZEROを考えるとき、忘れてはいけないことがあります。
それは、
お金を残していること自体が間違いなのではない
ということです。
十分な預貯金があることで、
「何かあっても大丈夫」
と思える人もいます。
その安心感そのものに価値があるのであれば、その資産は決して無駄ではありません。
問題になるのは、
不安だから貯める。
何となく貯める。
使う目的もないのに貯め続ける。
そして最後まで使わない。
という状態でしょう。
大切なのは、
「なぜ、このお金を残しているのか」
を自分自身が理解していることです。
65歳からのDIE WITH ZEROは「ゼロを目指さない」
ここまで考えてみると、65歳以降にDIE WITH ZEROを取り入れる場合、私は文字通り資産ゼロを目指す必要はないと思います。
むしろ、
守るお金
楽しむお金
未来を創るお金
の3つを意識して分ける。
そして、
健康なうちにしかできないことには、少し早めにお金と時間を使う。
これくらいの考え方が現実的ではないでしょうか。
「残高」ではなく「何に変えたか」
最後に一つ、考えてみたいことがあります。
人生の最後に、
3,000万円残っている人。
1,000万円残っている人。
100万円残っている人。
数字だけを見ても、その人の人生が豊かだったかどうかはわかりません。
重要なのは、
そのお金を何に変えたのか
なのではないでしょうか。
旅行に変えた。
家族との時間に変えた。
学びに変えた。
作品に変えた。
新しい仕事に変えた。
誰かの笑顔に変えた。
そして、それらが自分の記憶として残った。
そう考えると、DIE WITH ZEROの「ZERO」は銀行口座の数字ではなく、
「使える人生をできるだけ使い切る」
という思想として読むこともできます。
65歳は人生の終盤ではなく、
これまで蓄積してきた「お金・経験・知識・時間」を、どのような価値へ変えていくのかを考える一つの節目
なのかもしれません。
🎯ここまで読んでくださってありがとうございます🙏🌸
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