掌編「男川と女川」
男川と女川は、とある二級河川の支流である。ともに、コンクリイトで両岸をかためられたどぶ川である。男川が、言った。
「ああ昼は、いやだ。がまんが出来ない。何もおれ達、好きこのんで醜態をさらしている訳じゃ無いのだ。どんなにひどい面をしているか、自分でちゃんとわかって居る。夜は、やすらぐ。そりゃあ、しみついた汗あぶらの臭いまで拭い去れやしないが、どぶ泥で濁ったおれの肌を暗闇が隠して呉れる。その上、嬉しいじゃないか。街頭やらネオンサインやら、時にはもったいなくも御月様までが、俺をきれいに飾り付けてくれる。どす黒い、瘡っかきの俺の肌を包み隠してくれる。そんな俺を、橋の上から見てさ、人間の女の子が、小さくて真っ白くてかわいい指で指さすんだよ。さくら貝よりも、もっとつやつやの爪をしていた。母さん見て。ゆらゆらして、きれいね。お星様よりも、もっときれいじゃないか知ら、なんて言いながらさ。銀の鈴がころがるようなあの声を聞きながら、俺は明日の朝にはまたみじめな姿を暴き立てられる、みんなが鼻をつまんで俺の上を逃げるように通り過ぎる、そう思うと今も体じゅうを搔きむしられるようだ。」男川は低く呻いた。

「おっしゃる事、よく分かります。けれど、」女川が口を開いた。
「わたしは、昼間だって、嫌では無いの。私のからだの中に棲んでいるものたちみんなを、誰よりもいとおしく思っているのです。背骨の曲がった小鮒の坊やも、眼病のかめの小父さんも、それに、たにしのお婆さんたちも、みんないい人たち。人間を好いて、人間にこがれて、こんな都会にまでやって来たのでしょう。故郷を遠く離れて、こんなに住みづらいわたしのなかで必死に生きて居るのに、人間にはちっとも相手にしてもらえない。ばかにされて、石をぶつけられて、なぶり殺されても、それでも人間のうつくしさにあこがれて居る。幸せそうに笑いながら、手をとって橋を渡る親子の姿を、そうっと眺めて、ああうつくしい、きっと私たちにもいつかはあんな姿に生まれ変わって、誰にも気兼ねなくおてんと様の下を歩く日がくるのだ、と固く信じているのです。
私は、みんなを、美しいと思う。
私には、人間の美しさは、なんだかたよりない。私だって、あの女の子のことは、覚えて居ります。でも、人間は、弱いものいじめも嫌いで無いようです。私がみんなを守ってあげなければ、あっという間に殺されてしまうでしょう。私は、人間から、どんな仕打ちされても構わない。まぁ汚い、いやらしい、この臭いこと、なんて罵られても平気で居る。廃油と汚泥で濁ったこのからだだけが、かわいい私の子供たちをかくまう事ができるんですもの。私には、みんなが、我が子のように愛しいのです。」
女川はひといきにそう言い切ってしまうと、あとは何も言わなかった。男川からも、一言も発せられなかった。その橋には私ひとりしか居なかったから誰も知る由もないが、ある昼下がり、そんな会話を確かに聞いた。
