取引先の担当Rさんの思い出(前編)
このお話しは事実をもとにした創作です。
今日は金曜日。
2週に1度の、TJ社との定例会がある日だ。
企画の進捗や今後の課題が持ち寄られ、
その場で整理され、To Doが決まり、
会議は滞りなく進んでいく。
その様子は、まるで野菜や果物が手際よく下ごしらえされ、ベルトコンベアに乗って調理鍋へ運ばれていくようだ。
大きな会社同士によくある、
「ちゃんとした」仕事の風景。
文句のつけようがないほど、すべてがスムーズに進んでいる。
けれど、僕は気づいている。
ここにはもう、「お客様に本気で喜ばれたい」と考えている人の熱が、ほとんど残っていないことに。
少し冷めたコーヒーを口に運びながら、
僕は時計を見た。
会議まで、あと45分。
去年の3月まで、うちの会社の担当だったのがRさんだ。
東北のとある県に住み、
フルリモートで業務をこなしていた。
直接会うのは年に2回。
それ以外は毎回、画面越しの打ち合わせだった。
半年ごとの総まとめと、来期提案のときだけは、
地元のお土産を手に、
東北新幹線でわざわざ来てくれていた。
彼女が担当になったのは、3年ほど前。
前任の男性は、誠実で経験豊富なベテランだった。
こちらの準備の手間まで気にかけてくれるような人で、
正直なところ、担当替えの話を聞いたとき、
僕はあまり乗り気ではなかった。
ビジネスの世界では、
個人の力量の差は、思っている以上に大きい。
最近は、AIが資料も説明もそれらしく整えてくれる。表面だけでは、なかなか見抜けない。
けれど、話を深めていくと、ふと感じることがある。
この人は、どこまで考えているのか。
どこまでこちらの仕事を理解しているのか。
次の担当は帰国子女の女性らしい。
そう聞いたとき、僕の頭の中には、
勝手な不安が、霧のように広がっていた。
いま思えば、かなり偏った先入観だったと思う。
過去の経験から身構えていただけとはいえ、
あまり褒められたものではない。
けれど、初回の打ち合わせで、その霧は消えた。
彼女が用意してきた資料は、
画面の中のデータでしかないはずなのに、
どっしりと厚みを感じるほどだった。
これまでの実績、課題、数字の意味、背景。
すべてが整理され、頭の中に入っている。
引き継ぎではなく、
もう自分の仕事として捉えている人の準備だった。
その瞬間、僕の不安はきれいに消えた。
最近、仕事で出会う人に対して、
純粋な意味での驚きや尊敬を感じることは、
ずいぶん少なくなっていた。
20代、30代の頃は、「この人、いつ寝ているんだろう」と思うような人が周りにたくさんいた。
どれだけ経験を積んでも、
あのレベルには届かない気がしていた。
40代の仕事は、
いい意味でも、悪い意味でも、落ち着く。
危機感や焦燥感に襲われることは、
だんだん少なくなっていく。
そんな中で、Rさんの仕事ぶりは
久しぶりに、人の「本気」を感じさせるものだった。
人が本気を見せる場所は
特別な舞台ではなく
毎日の仕事の中なのだと思う。
もちろん、誰もが同じ熱量で働いているわけではないし、その必要もない。
けれど、
それぞれの持ち場で、
できることを、できるだけやる。
その積み重ねは、
同じ現場にいる人間には、ちゃんと伝わる。
僕は、Rさんの仕事ぶりを尊敬していたし、
たぶん彼女も、こちらの姿勢を信頼してくれていたのだと思う。
彼女の提案や着眼点について、
広告を運用する立場や、広告を目にするお客さまの視点から、疑問や質問を遠慮なくぶつける。
それは、お金を出す立場からの上から目線などではなく、例えるならテニスの試合で、選手どうしが全力でお互いの球を打ち返すような、そんな会話を制限時間いっぱいまで繰り返すのが常だった。
世の中が変わり、
コロナ禍も落ち着き、
彼女の働き方にも変化が訪れた。
フルリモートは認められなくなり、
週に数回の出社が必要になった。
東北に暮らす彼女にとって、
それは、仕事を続けられないという意味だった。
(後編に続きます)
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