短編小説「償還」
「償還(しょうかん)」。その言葉が、アパートの六畳一間で、ユウタの胸を締め付けた。
真面目とは、馬鹿正直の別名だったのかもしれない。
彼の部屋の壁には、三年前から貼り付けたままの
「資格試験合格」の文字が薄汚れていた。
ユウタは、ずっと真面目だった。
学生時代クラスでいつも不良と呼ばれるグループと関わらなかった。
大学では奨学金のために遊びを削り、常に成績トップを維持した。
社会に出てからも、毎日定時前に出社し、残業をして、上司の指示に忠実に従ってきた。
その結果が、これだ。年収は手取りで300万にも満たず、昇進はまだ遠い。彼の生き方は、この都市の冷たいコンクリートのように、
硬く、冷たく、そして何の変哲もないものだった。
ある日、ユウタはスマートフォンをスクロールしていて、手が止まった。
ショート動画には、数年前に同じ底辺校卒業した高校の「問題児」が映っていた。
その名もケンジ。
高校時代は常に喧嘩と退学や停学の噂が絶えず、
教師たちも手を焼いた問題児だった。
動画のケンジは、高級スポーツカーの助手席でイキり発進をしながら、
ブランド物の服を身につけている。
『みんな、今日のドライブは最高だったぜ!俺らがヤンキーだった頃の思い出話?コメント欄に貼ったぞ #元ヤン社長 #中卒 #社長と部下 』
コメント欄は「かっこいいね…」「これがホンモノだな」
という皮肉のコメントで溢れていた。
ユウタの胃の奥が熱くなった。ケンジは今、複数のビジネスを立ち上げた「若手実業家」として生きていた。
その日はケンジだけではなかった。次に目に入ったのは、
高校時代に「迷惑系」として名を馳せていたサキの動画。
彼女は今、ライフスタイル系インフルエンサーとして、
高級タワーマンションの一室から、優雅な日常を配信している。
『昔はバカやったけど、今の私があるのはあの頃の経験のおかげかな!みんなも自分を信じて!』
ユウタは、思わずスマートフォンをベッドに投げつけた。頭の中に、高校時代のケンジの顔と、今の彼の得意げな笑みが交互にフラッシュする。
自分は一体何のために、あの頃、彼らの迷惑行為を避け、真面目に図書館で勉強し、世間の目を気にしながら生きてきたのだろうか?
彼らが社会に吐き出した負の遺産は、どこへ行った?
彼らは「昔の過ち」をコンテンツとして「償還」し、むしろそれを資本に変えて、ユウタよりも遥かに豊かな生活を送っている。彼らは真面目に生きた人間を飛び越え、社会の上の階層へと上昇していた。
ユウタは、部屋の隅に積まれた、読みかけの自己啓発本を見つめた。
「努力は必ず報われる」?
「真面目さが道を切り開く」?
それは、彼らを野放しにし、彼らに富を与えるための、社会の都合の良いプロパガンダだったのではないか。彼らの「償還」は、過去への反省ではなく、過去を売る行為だった。
翌朝、ユウタは会社を休んだ。彼は、ケンジのショート動画に映っていた、都心にそびえ立つビルのエントランスに立っていた。巨大なガラスの自動ドアの向こうには、彼が真面目に生きる中で一度も手が届かなかった、眩しい世界があった。
彼はスマートフォンを取り出し、ショート動画のアプリを開いた。ケンジの新しい動画がトップに表示されている。
ユウタは、自分の過去、自分の真面目な努力、自分の人生の全てが、彼の目の前で滑稽なものとして晒されているように感じた。
彼は、その場所で、ただ立ち尽くした。自分は間違っていたのか。真面目に生きることこそが、最大の過ちであり、償還されるべき罪だったのか。ショート動画の光が、ユウタの顔を青白く照らしていた。彼は、その答えを見つけられずに、ただ、人々の流れに押し流されるままだった。
ショート動画のアプリを開いた。ケンジの新しい動画がトップに表示されている。ユウタは、自分の過去、自分の真面目な努力、自分の人生の全てが、彼の目の前で滑稽なものとして晒されているように感じた。彼は、その場所で、ただ立ち尽くした。自分は間違っていたのか。真面目に生きることこそが、最大の過ちであり、償還されるべき罪だったのか。ショート動画の光が、ユウタの顔を青白く照らしていた。彼は、その答えを見つけられずに、ただ、人々の流れに押し流されるままだった。
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