12キロの荷物を抱え45日間で1200キロを歩いたお遍路旅で学んだ「出会い」と「縁」について。
これからどう生きるかに、迷っていた。
現在34歳。 あと数ヶ月で35歳になるタイミングだ。
起業もして8年やりたい仕事で食べられている。商業出版で3冊出している。その本が海外で翻訳もされている。悪くない人生を歩めている。
だけど、「本当にこのままの人生でよかったんだっけ?」と不安と焦りと疑問をずっと抱えている。なんとかしようとは思っている。
限界はないとは頭ではわかっている。
可能性は無限大とも頭ではわかっている。
だけど、ずっと沼の中で足を動かし、どんどん深みにハマってしまっている感覚がずっとある。よく寝られない。完全にスッキリはしない。そして、自分都合で止まってくれない時計の針にジタバタする。
このままエスカレーターのように年齢を重ねていってしまう。時間があっという間に過ぎ去っていく。もしかしたら同じように30代半ばでは思うのかもしれない。
自分と向き合ってみる。
ゼロからスタートしたい。何かを変えたい。本当の意味で、心の奥底から「限界なんてなかった」「僕の人生可能性が溢れている」と希望を持ちたい。
そんな気持ちを抱えていると、四国のお遍路を歩きで経験してきた妹から
「お遍路はいいよ」と言われた。
何がいいかを聞いた。しかし、聞いてもどうも腹落ちしない。
結局「経験した人にしかこの感覚はわからない」と言われる。
それを言語化してほしいと思ったが、
未来への不安を脱却するのは、最もいいのではないかと思うと、自然とネットで「お遍路」を検索する毎日になった。
どうしても誕生日の前には、今の気持ちを払拭したかった。お遍路は最初から最後まで回ると45日間かかるらしい。
誕生日からの逆算で3月25日にスタートすることにした。
今回は、45日間、1200キロを12キロの重さを担ぎながら、野宿をメインでやり遂げた経験から命からがら得た経験談を話していく。きっと同じ30代の人の役に立つと信じている。
①「わからないことは、人に聞く」を学ぶ
住んでいる茨城県からスタート地点の徳島まで移動し、前泊に備える。
食料を買う予定のコンビニは潰れていて、初日から非常食のカロリーメイトを食べる羽目になる。
生まれて初めての野宿のため、公園に移動すると、「野宿禁止」の張り紙で移動を余儀なくされる。
うまくいかないことが次から次へやってくる。時間は待ってくれない。すぐに今日の寝床を見つけないと日が暮れてしまう。
経験者の妹に電話をすると「道の駅は基本的に泊まっていい」というので、調べてみると数キロ先に道の駅があるので移動する。
道の駅に到着すると、ここで問題が起こる。
「どこにテントを張ったらいいんだろう?」
道の駅のお店の時間が終わってしまい、お店の人に聞くことはできない。
ネットで検索してお店のHPに電話をしても、誰もでない。
チーン。
どうにかするしかない。勇気を出し、近くでコーヒーを飲んで休憩しているバイクの人に
「ここら辺でテントを張ってもいい場所わかったりしますか?」
と、聞くと
「車中泊をする人もいるんだから、ここでいいんじゃない?」
と言われ
「確かにまぁいっか!」となり、テントを張ることを決める。
さていざテントの組み立てをすると、まったくできない。
経験者の妹に一度レクチャーをされて、その時は簡単だと思ったが、実際にやってみると、全くうまくいかない。試行錯誤しても、進歩なし。YouTubeで動画を検索してもピンとこず。スマホの電池がどんどん減っていき焦る。
頼ろう。
妹に電話をつなぎながら、「まずはマットを下に敷いて」と順番に教えてもらいながら、何とか準備ができた。


お遍路0日目は、トラブルの連続だったが、だからこそ一生を忘れない記憶に刻まれる。
それにわからないことがあっても、人に頼ることで解決ができると学んだ。
②縁には「深さ」という概念がある。
野宿した場所から移動し、一番札所へ向かう。
1番札所には朝7時前に到着。
しかし、なんとお寺の売店が開いていない。ここで色々準備する予定だった。
お遍路の本が2022年版だったので、古い情報で今は朝8時にお寺は開くことを知った。
目の前のベンチに座っているお遍路さんがいる。
「おはようございます」
挨拶をすると、同じ今日からの歩きお遍路で、同郷であることがわかり、相当盛り上がった。しかも、スマホを家に置いてきたそうだ。信じられない。
そんな話をしていると
「実は旅を楽しむのにはコツがあるんだ。」という。理由を聞いてみると、
「不便なほど面白い旅はないよ。今までたくさんの貧乏旅行したけど、
だからこそ、起きたことや、経験できたことがあるんだ。」
お金がないと知恵を絞る。わからないことがあると、人に聞く。そこで出会えることがある。味わえるものがある。
「きっとだから、君と会えたんだね」
「確信しているよ。旅は不便なほど最高なものになるってね。」
お遍路の初日に同郷の人に会えるなんて、この日にきてよかったと思う。
この出会いは、ここで終わらない。
僕は今回仕事をしながらのお遍路になるから、すぐにこの方とは別れることになる。そして歩くペースも寝るところもまったく違う。
なのに、このお遍路で、3日目、5日目、9日目。
もう絶対に会わないと思っていたら、32日目、33日目、38日目、最後は46日目、高野山に向かう船の乗り場であった。
毎回お互いに次はもう会えないと思っているので、合い言葉は
「次は茨城で会おう」だった。
奇跡の再会する人は何度もいた。善通寺で一緒に泊まった友達とは、最終日のキャンプ場で再会した。開始1週間目に出会った人とは、3週間ぶりに民宿で再会した。スタート4日目にたまたま出会ったクライアントのMさんも、最終日の45日目にスタバで再会した。
この世の中には縁があることを確信しただけではなく、縁のは「深い」という概念があると学んだ。
そもそも縁がない人とは、出会わない。
縁がある人とは、出会う。
そして、縁が深い人とは、2度会える。いや何度でも会えるのだ。
③頭の中の損得なんて捨てなさい
お遍路にきてから7日目になった。
今年は特に雨が多く、連日雨が降っている中、なんとか30キロ歩いている。
屋根があるとこにテントを張ったが、風が強く、そのせいでテントの横の方はびしょびしょになったが、トラブルばかりでこのくらいでは平気なメンタルになっていた。

雨の中、テントをたたんでいると、車からおじさんが降りてきて「お茶をどうぞ」をお接待をいただいた。四国には、「お接待」文化がある。お接待とは、(食べ物、飲み物、現金を渡したり、道を教えてあげたりすることをいう。困っている者を助けることが自身の功徳につながるそうだ)
お遍路を通じて、アメ、ポンカン、おにぎり、コーヒー、現金などたくさんのお接待をいただいた。
お遍路では度々あるが、次のお寺まで、かなりの距離があることがあり、かつ歩き遍路している人は、コンビニやスーパーがない区間になるので、事前に数日分のご飯を購入していく必要がある。
ふと歩いていたら、住宅街にコンビニのようなご飯は購入できるところを見つけて寄る。店内を見ていると、正直少しだけ値段が高かった。
ある程度の食料は確保している。
保険として少し購入したかったくらいだ。
だから買わないこともできるが、店内は僕しかいない。
なにも買わないのはちょっとためらう。
全体見渡して、値段が安いものを選ぶことにした。

かっぱえびせん、あんぱん、コーラ。
レジにいくと、店員のおばあちゃんが「どこからきたの?」と話してくれた。
「茨城から来たんです、ちょうど今日が7日目です」
「大変やね。がんばってね。次まで結構遠いけ。お寿司なら食べながらも歩いていけるやね」とお寿司をお接待していただいた。
そこが驚いたのが、僕が購入したのが360円。お寿司は518円もする。

考える。果たして、僕がこのお店の人だとして、360円しか買ってないのに、518円の商品を相手にプレゼントすることはできるだろうか。いやできない。
「本当にいいんですか?本当にありがとうございます。」
このおばあちゃんからは、僕から何かを得ようとする気持ちが全く伝わってこない。リターンを求めずに、
ただ、僕が頑張ってるのを応援したい気持ちがすごく伝わってくる。
お遍路に来る前に、僕が一つ疲れていたことがある。
それは、損得のつながりだった。
講演会のリーダーをしていた。
人を講演会に誘うと、そのイベント後、「今回参加したんで、次は私がやるイベントに参加してください。助けたんでそれくらいしてくれますよね」と必ずリターンを求められる。
他のケースでも、やはり損得でのつながりが多く、行動をしてきた以上に、返すことを求められ、心が疲弊していた。
しかし、このおばあさんからは『自分が損をしても関係ないよ。それよりも今まであなたはよく頑張ってきたね』という姿勢が伝わってくるのだ。
心は温かくなり、自然と目から涙が流れ出す。
安く済ませようとした自分が恥ずかしかった。
むしろ、損得のつながりで頭でそろばんを計算していたのは自分だったのかもしれないと思った。
効率を考えて、相手を都合よく利用をしていたのは自分だと反省した。
寝床のキャンプ場に、自販機があり、お茶を購入した。
もちろん機械だから、人との接触はない。
あれ……?
便利だけど、これでいいのだろうか。自販機では、安い商品が買えても、ぬくもりや情報や心は買えない。
人にはぬくもりもありますし、情報や心がある。
数百円高くても、手間はかかっても、人と関わることで、できる縁がある。温かさが確実にある。
損とか得するとかどうでもいい。
相手のことを考え、相手の力になる行動を惜しみたくできる人になりたい。
そう思った出会いだった。
④出会うタイミングは、完璧。
かなりの雨と強風に降られて、全身びしょびしょ。濡れていないところがないのは当たり前で、完全浸水しているレベルだ。
今日は道の駅に野宿する。幸運なことに近くに銭湯がある。
野宿でお遍路をしていると、次のお風呂がいつになるのかわからない。
お風呂は入れるときに入るが、鉄則だ。
気持ちがあがりつつ、雨も風も強くになってくる。
銭湯の前に、寝床大丈夫か確認しよう。
雨は縦だけではなく、風によって内側に入ってくる。
「なんとかここなら雨だけではなく、風もしのげるな」
下見も完了できたので、銭湯に向かうと、海外お遍路さん2名と会った。
その方とも、今まで3度も4度も会ってる。
「おおお!!!また会いましたね!!!」
「いぇあ!SENTO???」
「イエス!」
「wow!!!!」
テンション上げながら、店内券売機でチケットを購入していると、受付の方から声をかけてもらう。
「あら、お遍路さんやね〜今日はどこにお泊りになるの?」
「今日は道の駅の〇〇ってところにテント張ろうと思っているんですよね…」
すると奥のいる男性が
「え、そこの道の駅の〇〇は野宿禁止だよ!」
「えええ!!!!」
「道の駅に、張り紙貼ってあるんよ」
うわぁー、、、終わった…と思った。
こんな雨の中、雨と風をしのげる場所をまた1から探すのはしんどい。ここれから銭湯に入り、場所を探し、夜にテントを立てる。想像するだけで、気持ちが暗くなる。
受付の方が
「ちょうどあの方、お遍路の宿をしているから、お願いしてみれば???」
と言ってくれた。
お遍路の宿をしているオーナーさんが、ちょうど銭湯から上がり目の前にやってくる。
「あの、、、もしよかったら今日泊めてくれませんか?」
「予約してないの?」
「はい、していないんですけど」
「いいわよ、うちにきなさい!」
偶然を超えた運命。心配ごとが消え、最高の温泉にも入り、民宿へ。

この出来事で確信した。
「この人生で出会う人って100%出会えるんだ。しかも完璧なタイミングで。」
強引に無理して出会いを増やさなくていい。
だって、出会う人には必ず出会うから。しかも、完璧なタイミングなのだ。
ふと振り返ってみると、ちょっと背伸びしたり、強引なお誘いにしぶしぶオッケーしたり、様々な縁があったが、今も継続している縁は怖いくらいにない。
今回も、実際、民宿のオーナーが銭湯が出たところに
僕がちょうどすれ違ったわけだが、そんなことあるのだろうか。
コンビニに寄っていたら?
道の駅に下見にいかなかったら?
途中でSNS更新するために小休憩を挟んでいなかったら?
出会えていないのだ。
こうなることは、たまたまなのか。
いや、必然だと思う。
⑤習慣は、奇跡を呼ぶ。
朝5:30に目が覚め、テントをしまい、6:30活動開始。少し歩いたところで宇和島駅につくときに
『おはようございます!SNSを見てきました!』
と男性に声をかけていただく。
できる限りSNSで発信していたが、見てくれて会いに来てくれる人はいるのはビックリ。
トラックを止めて、少しこちら側に歩いてきて、
『どうぞ!』
と栄養ドリンクのお接待をいただく。

『昨日SNSで宇和島についたって書いてあったから、ここはお遍路のルートだからもしかしたら会えるんじゃないかな?と思ってたんです』
『運転していたら、あ!SNSで見た人だ!と思って先回りして車停めたんです』
今日のルート、食料について、泊まるところ、数日後の情報もたっぷり教えてもらえた。知らないことばかりだったから、本当に助かった。
数日前に愛媛県に入ってから信じられないくらいにお接待をいただいている。昨日は道の駅でテントを張っていたら、おばあさん2人に2000円現金のお接待をいただいた。
人が温かすぎることもお伝えすると、こんなことを教えてくれた。
『愛媛の人は、お接待をする”習慣”があるからね』
つまり、お遍路さんに対してお接待(差し入れをする)のは特別なことではなくて、当たり前とのことだ。
たしかに、みんな特別な感じをしている感覚がない。日常的で、空気のようだ。恥ずかしさもなければ、慣れていない感じもしない。
この話を家族に連絡すると、なんと妹が去年の10月に歩き遍路(通し&テント泊)をしたときも、この方にお会いし、栄養ドリンクをいただいたことがわかった。

こんな偶然あるのだろうか。
お遍路さんはたくさんいる。一本道が違ったら会えていないし、時間帯が違っても会えていない。
今回の僕、去年の10月の妹。
偶然…いや……偶然で片付けられるわけない。
まさに奇跡だが、それ以上に大切なことは、
この方は、お遍路さんを見かけたらきっと片っ端からお接待し続けている、ということだ。
たまーに、気分が向いたときに、ではなく、毎日のように、目に入ったお遍路さんに対してお接待をする『習慣』があるわけだ。
誰でも1回や2回ならできるかもしれない。
だけど、習慣にするのは難しい。
習慣にすると、このような奇跡も起こせることを教えてもらえた。
⑥縁が深い人には、さらに愛情を注ぐ。
先日たまたま宇和島駅前でお会いし、栄養ドリンクのお接待をいただけた方に、妹が去年の10月の歩きお遍路のときに出会っていたことを伝えた。
本人からこんなメッセージが届いた。
「私が偶然SNSを見てkoyaさんに宇和島で出会い、そのうえ妹さんにも出会っていて、このお導きは弘法大師様のお導きだと思います。この出会いを私は大切にしたいです。
それでkoyaさんの結願を心より願って、最高のお接待を考えました。
46番札所浄瑠璃寺前に遍路宿長珍屋さんがあります。一泊お接待させてください。(以下略)」

信じられるだろうか。嘘でも夢もない。一度会ったばかりの僕の泊まる民宿の料金を支払います」って言ってくださっているのだ。
野宿ばかりでゆっくり寝られていないことも話したからだろう。
僕のことを考えて、今何が1番嬉しいかを想像してくれたのだ。
当日、民宿に泊まれることを楽しみで楽しみで仕方がなかった。山道、峠道、少しロングで歩く予定だが、楽しみがあると踏ん張れる。粘れる。スキップもできる。
感動の再会をし、別れてからの数日の話をして、あっという間に1時間も経過してしまう。

ふかふかのお布団で寝れるのは、テント泊を基本としてる僕からすると貴重な機会だ。テント泊では必ず途中で何度か起きてしまう。騒音。動物の鳴き声。誰かわからない足音に震えたこともあった。
この日は、夜中に起きずに、ぐっすり寝ることができた。
縁が深い人には、もっともっと愛情を注ぐ。
そうすると、一生の縁になる。
こんな人に僕はなりたい。
⑦出会うタイミングだけではなく、別れのタイミングも完璧だった
お遍路で毎日歩いていると、嘘みたいなタイミングで人に出会う。
たとえば、朝5時30分に歩いていると、急におばあさんが現れて
「この先の橋は落ちてしまっているから、ここ曲がってね」と言ってくれる。
これはゲームでいうところの道案内キャラのように、僕に道を教えるために目の前に現れてくれるようなイメージだ。他にも、少しお寺まで急いでいると、おじさんが「近道知っているか?案内しよう」と伴走までしてくれた。
お遍路を通じて、『この人生で出会う人とは、完璧なタイミングで出会う』と確証を得た。
朝から歩いていると、数日前に会ったオーストラリアからきているお医者さんのトマスさんに再開する。
そのまま一緒にお寺に到着すると、昨日泊まっていた宿のオーナーと出会う。
「この方が、君が言っていたオーストラリアからきたお医者さんだね」
お遍路では、会ってきた人たちのことを話す。リアルな情報交換をして、学びになったり、他に仲間がいることを知り安心したりする。
「もしよかったら、まだ車に乗れるから乗る?」
オーナーが車に乗せてくれるとのことだ。
残念ながら僕はすべて「歩く」ことにこだわっているので、断ることになったが、友人のトマスさんは「お願いします」となった。
僕が2人の縁を繋いだわけだ。嬉しさを感じつつも、僕以外が一緒になり、ここでお別れするわけだ。寂しさを感じながら、手を振ってお別れする。
次のお寺に1人で歩き出し、約30歩くらい歩くと、目の前からお遍路さんがきたので挨拶する。
「おはようございます」
「歩きでまわっているのかな?」
「はい、歩きで通しで、今日で36日目です」
「歩きでまわるというのは簡単ではないことだよ。あなたからはものすごくエネルギーを感じるし、いい表情をしているね」
「ありがとうございます!嬉しいです。素敵な出会いがちょうど今あったんです」
「そうなんだね。車を降りてたときにあなたの顔が見えて、笑顔がいいなと思ったんだ。そしたら、何人かいたのに別れて、私たちのところに向かって笑顔で歩いてきたんだ。
ほんとうに縁を感じていてね。
だから、これをもらってくれるかな?」

錦の納め札をいただいた。
パニックになる。鳥肌も止まらなくなる。そもそも、まさか生で見られるなんて思っていないものなのだ。
錦の納め札は、お遍路を通算100回以上まわらないと、使えない貴重なものだ。
ちなみに、僕はお遍路1回目なので、白いお札を使う。錦になると布になる。
「あなたと話したいと思っていたんだ。けど、もしも複数人だとしたら、それは話しかけなかったと思う。それにこうやってあなたと話して元気でるしらエネルギーもらえるから、こちらが感謝したいですよ」

生で見ることもできないレベルの貴重も貴重な納め札をいただき、大興奮状態で歩く。
もしも少しでもタイミングずれていたら、この縁は交わらなかった。
ふと考える。あの時、オーナーとトマスさんととお別れしてなかったらどうなんだろうか。
「複数だったらあげられなかった」と言っていたわけだ。
つまり、一人だからこそ、この縁に繋がったわけである。
…つまり出会いのタイミングも完璧だけも、別れのタイミングも完璧なのだ。
人との別れさえもタイミングがあり、完璧だと確信が得られた出来事だった。
⑧さらけ出すから、助けられる
今日も雨が降るそうで、どこに泊まろうか悩む。
比較的にテントが張りやすかった今までと違って、香川は都会なのもなりテントを張るのに苦労する。
それに加えて、雨かつGWに突入したので、宿を予約するのは最難関だ。
僕はその日暮らしだった。
疲労により思い通りに進んでいかない。仕事をしながらだから足を止めている時間も少なくない。そこに毎日1000文字のブログ更新、SNSでの発信、そして手書きの日記も書いていた。
その日をなんとか「生き切る」だけでいっぱいいっぱいだった。
できれば、今日いく善通寺の「宿坊」に泊まれたらいいなと思うわけだ。
お寺が運営している宿坊というものに泊まってみたい。
HPには電話は朝9時からと書いてあるので、ダメ元で電話してみるが、やはり満室でダメだった。
お遍路では同じことでずっと悩んでいられない。
もっと先に進むか、雨も降っていることも考え、10キロ先のゲストハウスに
するのか。
そもそも、ゲストハウスに泊まれる保証もないため電話かけてみることにした。
電話かけてみると
「予約者が電話でキャンセルはしたけど、予約サイトでキャンセル手続きをしていなくて、あなたをオッケーにすることはできない……」
「キャンセルにはなっているので、時間が経ったらキャンセルの連絡も来ると思います。補欠1番、キャンセル待ち1番にできませんか?」
「キャンセルになったタイミングで、予約サイトから他の人がすぐに予約しする可能性があるので、保証できないんです」
……どうしたらいいんだ。
融通が効かないことに不満を感じながらも、相手にも事情があるから仕方がない。
とりあえず、折り返しの電話をしてくれるとのことで、信じて歩き進める。
すると、雨が降ってきた。
お寺で雨宿りをする。そこで電話の仕事もする。
電話をしながら横をみると、同じように雨宿りしにきたお遍路がいる。
電話を切り、とりあえず前に進もうと思った矢先のことだ。
「こんにちは、歩きお遍路さんですか?今日はどこに泊まるんですか?」
「本当は善通寺の宿坊に泊まりたかったんですけど、朝9時に電話をかけたら満室でダメだ。ここから10キロの先のゲストハウスに電話したんですけど、それもキャンセルはあるけど予約ができずで折り返しの電話を待っているところなんですよね」
「え!僕、善通寺の宿坊に今日8時半に電話したら、キャンセル出たらしく泊まれることになったんです。もしよかったら僕の部屋で一緒に寝ます?」
???え???
こんなことあるのか。
まず会って10分以内かつ名前も知らない僕を泊めてくれるという。
冗談ではなく、本当に泊まっていいかを確認したらオッケーだそうだ。
善通寺の宿坊に電話して「オッケー」をいただき、まさかのまさかで、最初の希望通りの場所に泊まることができたわけだ。
雨宿りしてなかったら、仕事の電話をしていなかったら、1日ずれていたら、いや30分ズレていたら、このようにはならなかっただろう。
いや、ここでの気づきは、自分が差し迫っている状況を隠さずにちゃんと伝えられたことだと思う。
変にかっこつけずピンチなことを伝えられたこと、相手を疑わずに今の自分のことを伝えられたからこそ、相手は助けてくれたのだ。


後日談で聞いたのは、
『話す前から、話しやすそうな雰囲気があって話してたら、話しも合いそうだから、直感的に言ってみた」とのことだった。
普段はもちろんこんなことするわけでもなく、そういうことをするタイプでもない、とのことだ。
実はこのあとも面白いことがあった。
善通寺の宿坊では、朝のお勤めがあり、そこで泊まってる人限定で抽選会がある。
30人中1人しか当たらないものを、僕が当てたわけだが、
しかもその友達に
『こういうのだいたい当たるんですよね』と事前に宣言した上で当てた。
友達が『宣言して当てる人初めてみた』と驚いていたが、この話は、またどこかで。
最後に
このお遍路で強烈に味わったのは、出会いも別れも100% のタイミングでやってくることだ。これは偶然ではなく、必然なのだ。
そしてその出会いには、必ず意味がある。
僕たちにとって必要な出会いと学びがセットになって目の前に現れるのだ。もっと具体的にいうなら、自分の足りないピースが補う形で運ばれてくるようなイメージだ。
これからの人生で、出会いも別れも完璧なタイミングだと確信がある。だから、無理に縁をつなげることなく、執着も手放していく。
これからの時代は、人と関わらなくても完結できることが増えてくるだろう。
お遍路で学んだのはその真逆で、人と会うこと、人から買うこと、人にさらけだすこと、人に与えることだ。
お遍路では、他にも、住職さんに怒られたり、山で野糞をしてしまったり、海外の方に変わってゲストハウスに予約をしたりもした。
またその話は別の機会に。
探していたものを見つけた。
最高の自分への誕生日プレゼントになったと思う。
