見出し画像

🍳一人暮らし編⑦|お嬢様は独りを知る

夕方、少し寒いと思った。暖房をつければ済む話。そのはずだったが、寒気は一向におさまらない。

湯を沸かす気力が、ない。
体温計は、38℃を指していた。

動く元気もなく、隣の壁をトントンと叩いてみる。テキパキとシレットはどうやら不在のようだ。

ベッドに横になる。
部屋の静寂がいつもより気になった。

屋敷なら、もう誰かが気づいている。
額に手が当たり、薬が用意され、スープが運ばれているだろう。

「薬も……準備が必要なのね」

水を飲もうとしてコップを持つ。
それだけでも腕が重だるい。
口元まで運ぶ途中に少しだけ手元が揺れた。

「ああっ……」

水がこぼれてシーツに染みていく。
拭く気力もなく、数口飲んでそのままコップを置いた。

冷蔵庫には昨日の肉と卵もあるけれど、焼く気力など到底ない。

「……一人とは、こういうことですのね」

涙は出ない。
ただただ、しんどい。

その日はそのまま眠りについた。



翌朝。熱は少し下がっていた。

台所に立つが、体はまだ重く、
調理をする気は起きない。

冷蔵庫を開けると、視線の先に豆腐があった。
開けて、そのまま食べる。火を使わずに口にできるものがあると、こういう日は助かる。

「……これで十分ですわ」

数口食べてまた布団に入る。
片付けはできなかった。



午後、静かなノックがあった。

「お嬢様?お静かですけど、大丈夫ですか?」
テキパキの声。

シレットはカレンの顔をのぞきこむ。
「熱が出ましたか?」

カレンは小さく笑う。

「……なんとか、一人で過ごせましたわ。
料理も、片付けもできていませんけど」

二人は目を合わせる。

「素晴らしいです」
「初期対応、適切」

カレンは照れくさそうに笑う。

「一人暮らしの自立は、“全部できる”ことじゃありませんからね」

テキパキの言葉にシレットが続ける。
「倒れない範囲でやれることだけやる」

カレンはゆっくり頷いた。

「でも。次にまた熱が上がったら呼んでくださいね」

そう言って二人はお粥を作っていってくれた。


体温38度。強さの証明ではない。
ただ、辛い日の過ごし方を少し覚えた夜だった。



🧺 テキパキ&シレットの一言メモ

辛い日の過ごし方
・動けない日は、無理をしない
・水と食料を手の届くところに置いておく
・食べられるものを、少しでいい
・片付けは元気になってから

テキパキ
「元気な時の基準で動かなくて大丈夫ですよ。
倒れないことが優先です」

シレット
「動く回数を減らすと、消耗も減る。
まずは回復優先」


翌朝。
昨日より、体は軽くなっていた。
起き上がってカーテンを開ける。

静かな部屋で一人お粥を食べる。
食欲も少しずつ戻ってきた。

でも片付けの途中で、また少し息が上がる。
手早く終わらせ、そのまま布団に戻る。

「寝てばかりですけど……
まぁ、こんな日も、ありますわね」

布団の中で、昨日言われた言葉を思い出す。
(倒れない範囲でやれることだけやる)

小さく笑って、目を閉じた。

この部屋で、一人暮らしを始めたばかりの頃を思い出す。


『──屋敷に帰りたい』

そんなことを考えていた日もあった。
でも今は、その言葉が随分遠いことのように思える。

カレンは小さく笑った。

「……少しは慣れましたわね」



─ 完 ─


#お嬢様の一人暮らし
#守られすぎたお嬢様


⬅️前の話へ 


カレンってどんな子?⬇︎

森の日常をもう少し見てみる⬇︎

▶︎この森が初めての方へ
🔰暮らしの森|案内所

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集