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【企画参加】「び」って何さ……。病院も美術館もビックリマンもダメと知って、びっくりした私が書くエッセイ

なんか最近流行っているのでしょうか😅
またしてもバトンが回ってきました。

つい先日、ペイフォワードの4週目を走り切り、ゴールテープを切ったと思っていたのに。

今度は、『エッセイしりとり』。
どうやらタイトルをリレーで繋ぐっぽいです。

バトンくれたのは銀河太郎さん。
『ともしび』というタイトルのエッセイ。

『び』!? 

難しくないですか?
しかもエッセイって、普段書かないし。

とりあえずパッと浮かんだもの。

美術館(最近行った)

病院(ネタいっぱいある)

ビックリマン
(少し前にキラキラカード作ったから、今度はキラキラシールを作ってみたいと思ってた)

ふぅ。ひとまず3択まで進みました。

……

…………ん?

全部「ん」で終わってる!🤣


そう言えば、最近びっくりしたことがいくつかあったから、そんなことを書いてみます。

好きなことだけする

私の創作に対する自分の姿勢として、
ひとつ決めていることがあります。
それは、

好きなことだけする。
苦手なことはしない。

私は、得意不得意がはっきりしています。

通知表で言えば、
家庭科5なのに国語1。
音楽5なのに体育1。みたいな。

何事も、卒なくこなせる人に憧れたこともあります。でも、ある時上司にこう言われました。

「得意を伸ばしなさい。
苦手は後から付いてくるから」

私はこの時、衝撃を受けました。
苦手って、無理に克服しなくて良いんだ。
好きなことを極めて良いんだ。

心の中がざわざわしたのを覚えています。

ただ。ひねくれていたので、
「そんな単純なわけあるか。」
と、結局は可愛げなく受け取りました。

でも、今になって思い返してみても、
私の中にずっと残っている大切な言葉です。

「できない」って、なんだ?

でも、体育1については、
今でもちょっと不思議に思うことがあります。

私、子どもの頃、ドッジボールがずっと嫌いだったんです。ラジオ体操は、ほぼ義務だったからなんとか行く。

でも、そのあと、
「ドッジボールやるぞ!お前も来い!」
と、家まで迎えに来られる。

あれが、ものすごく怖かった。

私はずっと足が遅くて。
100メートル21秒。
50メートル10秒。
学年が変わっても、クラスでずっとビリ。

「お前と同じチームになりたくない」
「あっちいけ」
「こよりは真面目に走らない」

そんな言葉も、何度も言われました。

特に「真面目に走らない」は、堪えましたね。あれほど、みんなに迷惑をかけないように全力で走っていたのに。

だから私は、体育が大嫌いだったんです。
ドッジボールも、走ることも全部。
私は運動ができない人間。だから、今後もなるべく避けて通ろうと思っていました。

ところが。
社会人になってから、ドッジボールをやる機会があったんです。

やってみたら、普通にキャッチできる。
コントロールは下手だけど、まぁ投げられる。
そして、普通に楽しい。

……あれ?
私、ドッジボール嫌いじゃなかったっけ?

子どもの頃より身体能力が上がっているとは到底思えません。

でも、よく考えると、
あの頃の私、少し可哀想でした。

「お前と同じチームになりたくない」
そんなふうに言われる場所で、
楽しく遊べるわけがない。

家まで来られて、本来安全な場所のはずなのに逃げられなくなって。

そんな状況で、
「ドッジボールが好きか嫌いか」なんて、
考えられるわけがない。

それが大人になって、
安全な場所でやってみたら。

「あれ、普通に楽しいわ」だった。

そういう、思い込みってあるのかもしれませんね。幼少期の体験って、思った以上に残ってたりしますから。

「これは嫌いだから、やらない」
「これは苦手だから、やらない」

そうやって決めた中にも、
本当に向いていないものと、ただの「思い込み」が、混ざっていた可能性があります。

やらないことリスト

暮らしの森を書き始めて、もう少しで10ヶ月。
我ながら長く続いていると思います。
まだ終わる気配ないですし。

楽しければ続けられると思ったので、
苦手なことを排除すべく、
最初に「やらないことリスト」を作りました。

そのおかげなのか?
いまだに「書けない」がない。

ただ、そのやらないことリストは、
ある日を境に、破られていくことになります。

5ヶ月目の時に、やらないと決めていた
「共同マガジン」に入りました。

なぜ、やらないと決めていたのか。
初期の私には、
仲良しこよしの集まりに見えたからです。

……でも、全然そんなことなかった😂

知らない人たちの作品を読んで、
「みんな、こんなこと考えてるんだ〜」
って知れるのが楽しかったんです。

次。
「自分からスキ周り、フォロー周りしない」

なぜか。
どちらも「私の作品も読みにきてね」という、媚を売る行為に見えたから。

今はまったく思いません。
スキは「読んだよ」のブックマーク代わり。

媚?
どこにあんの?そんなもの。

そして、フォロー周り。
私、素直じゃなくて、
すぐフォローバックしないんですよ。

せっかくなら、フォロワーさんのことをちゃんと見たい。ちゃんと知りたい。

多すぎると、キャパオーバーですもん。

だから、フォロワー9人だった頃をよく覚えているし、次の月に20人になったことも覚えてる。

5ヶ月目の頃にいただいた励まし、
6ヶ月目にもらったメッセージ、
8ヶ月目にもらった宝物。

全部覚えてます。
だからこそ、増やしすぎたくない。

でも、ある企画がきっかけで、 
一気に50人……下手したら100人くらい?
増えたんですよ。

ところが、全然嫌じゃなかった。

言葉を交わした人、
行動ログが見えた人のことは、
ちゃんと覚えてる。

あれ?私が気にしていたのは、
人数じゃなかったみたいです。

あんなに気にしていたはずなのに、
通り過ぎたあとは、全然気にならない。

むしろ、「そんなこと気にしてたの?」
って言いたくなる。過去の自分に。

やらないことリストは、破ってもいい

そして最近、もうひとつ思うことがあります。

AIっていろいろできるみたいですよね。
曲が作れたり、動画も難しくなかったり。

「ほお?」とは思います。
でも、やらない。
「やってみたい」が強くないから。

得意不得意も、関係しているんだと思います。
私、テレビもほとんど見ないし、本も読まない。最新曲も聴かない。

「え? 何が楽しくて生きてんの?」
と思われるかもしれません。

でも、楽しいんですよ。
暇があったら、何か考えている。

頭の中であれこれ考えていて、
それがピーンと来たら紙に起こす。形にする。
そんなことばっかりやっているから、
別に何もなくても時間は潰せる。

森の世界観に合わないものは、
今でも「やらない」と決めています。

でも、「苦手だから」と避けているものについては、ちょっと違うのかもしれません。

例えば、バトンパス企画。
キラキラカードを作った時、ずっとやりたかったことだったから、嬉しかった。

今回のエッセイリレーも、
普段ならエッセイなんて書かないけれど、
「バトンパスなら」と思えました。

そう考えると、最初に作った「やらないことリスト」も、少し意味が変わってきた気がします。

「苦手だから」と、決めつけなくていい。
「やってみようかな」と思ったら、やってみる。
「やっぱり違うな」と思ったら、やめればいい。

そのくらい柔軟でいいんでしょうね。

結局、何が言いたいかって言うと、
自分が思っていた自分と、
実際の自分がちょっと違っていたってこと?

だとしたら、ちょっとびっくりです。



エッセイ。書いてみると書けるもんですね。
自分のことですもんね。
でも、なんか恥ずかしくもありますね。

そして何ですか?また3人に繋ぐんですか?

んー。
これ。書くより繋ぐ方がむずい。
お相手の負担になるのは嫌なんですー💦

もし、書いてみたいと思った方、
どうぞご自由にバトン拾ってください。

銀河太郎さん、企画者さん、
バトン繋がらなかったらごめんね😅

……でもまぁ。
私は「惹かれるものだけやる」って決めてるので。今回は、ここまでです☺️


 

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