子育ては綺麗事じゃない。子どもは24時間可愛いだけの天使じゃない。
私はこのnoteで子育てについてよく執筆しています。
息子の成長や、思い出の記録。端から見たら良い母親に見えるかもしれません。
意図せずそう見えるようなエピソードばかり書いてしまっているところもあるかもしれない。
けれど、私もただの人間。
子育てがしんどくて、息子にイライラして、
「この子がいなければ、こんな思いをしなくてすんだのに⋯」
と思ってしまうことがあります。
もちろん息子のことは大好きです。何よりも大切なかけがえのない存在です。
でもその気持ちは24時間ずっとではありません。
たまに、ほんの一瞬。
一人になりたくて、母親をやめたくて、部屋に閉じこもって全部投げ出して布団に潜りたくなるときがあります。
体調が悪くて寝ていたいのに、「立って!遊んで!」とグーで何度も叩かれたとき。
ひとりになりたい。横になりたい。少し休みたい。なんでこんなに叩かれるような仕打ちを受けなきゃならないの。
やっと家事が終わって一息つこうとソファに座ったとき、コップを持って駆け寄ってきた息子にソファに水をこぼされたとき。
昼間からずーっと動いていて、ようやく一息つけそうだったのに。21時にこぼれた水を拭いて……私は何をしているんだろう。疲れた。
毎晩、布団に入ってうとうとしてきた時に「水飲みたい」と言われたとき。
いつも寝る前にお水を飲むことを促しますがそれは「いや!」。2階の寝室にいってベッドに入ったときに言われるとめちゃくちゃイライラします。しかも……毎晩。自分のタイミングで眠りたいなぁ。
私が昔から大切にしていたものを壊されたり、散らかされたりしたとき。
大切にしまってあった思い出のゲームソフトやポータブルのゲーム機を引き出しからだされてパッケージを壊される。今や修理も困難なvitaの画面を割られる…。
生きるために必要な体調管理、睡眠の妨害は、自分に余裕のないときにものすごく効きます。
人間の生活がしたいだけ。自分を労ってあげたいけど、息子がいるとそれができない。
大切なものだから触らないでといったものほど壊す。それもほんの少し目を離した隙に。
この子さえいなければこんなことにならなかったのに⋯⋯。
もちろん口には出さないけれど、一瞬心がそう叫ぶのです。
でも、じゃあ本当にいなかったら……?
もしも息子がいなかったら、なんて悲しい、寂しい、つまらない。
夜。冷静になって思い直して、息子のすやすやの寝顔を見ながら罪悪感でいっぱいになるのです。なんてひどいことを考えてしまったのだろう、と。
そこまで余裕をなくすほどに追い詰められてしまう育児は、綺麗ごとではありません。
楽しいことばかりじゃないし、大変なこともたくさん。
母親も、ひとりの人間です。
頭痛に悩まされるし風邪をひくし、眠いしお腹がすく。大切にしたいものがあるし、それは子どもだけではありません。
子育ては大変なことも多いけど、キラキラとした宝物のような思い出を貰える、幸せだと思える瞬間もたくさんある。
私は、息子が大好きで、大切です。
だから今日も、完璧じゃなくても母親として息子と向き合おうと思うのです。
