会議で「意見ありますか?」と聞いても、意見が出ない理由。
会議で、こんな場面がある。
「何か意見ありますか?」
少し沈黙する。
特に反対も出ないので、そのまま起案者の案で進んでいく。
ところが数日後、別の場所では、
「あれ、本当にあの進め方でいいんですかね」
という話が出たりする。
正直、「いや、それ会議で言ってよ」と思うこともある。
でも、これを全部「主体性がない」で片づけるのも、少し雑な気がしている。
「意見が出ない」理由は、意外といろいろある
私はこれまで、以前所属していた会社や過去のコンサル顧問先などから、会議のファシリテーションだけをスポットで依頼されることがある。
なぜファシリだけを頼まれるのか。
たぶん、単に話を振ることに慣れているからではない。
議論の背景や前提となる数字をある程度理解する。
参加者同士の関係やパワーバランスを見る。
この会議で何を決めたいのか、どこまで前に進めたいのかを押さえる。
そのうえで、問い方や議論の流れを変えていく。
そう考えると、会議で意見が出ない理由も、「発言する人・しない人」という単純な話ではない。
たとえば、大きく分けるとこんな状態がある。

考えられない
問いが広すぎる/前提理解が足りない
言いにくい
人間関係/パワーバランス/異論を言うと角が立つ
言いたくない
発言すると自分のタスクが増える/言ってもどうせ変わらない
自分事になっていない
自分の役割が曖昧/人数が多い/議案への没入度が低い
「何か意見ありますか?」は、実はかなり難しい問いだ。
何について考えるのか。
どんな観点から答えるのか。
何を決めるための意見なのか。
そこが曖昧なまま、突然「意見」を求められる。
これでは、何も考えていないのではなく、何を考えればいいのか分からないこともある。
問いを具体化すれば、それで解決するのか
だから私は、ファシリをするとき、「何か意見ありますか?」よりも、
「この案を進めるとしたら、一番の懸念は何ですか?」
「顧客側から見たとき、何が気になりますか?」
「AとBなら、どちらを選びますか?」
のように、できるだけ考える範囲や視点を揃えるようにしている。
実際、その方が意見は出やすい。ただ、これだけでも足りない。
そもそも議案への理解度に差があれば、出てくる意見は表面的になる。
上司の案に反対しづらい空気なら、問いを細かくしても本音は出ない。
言っても何も変わらないと思われていれば、そもそも発言しようと思わない。
つまり、設計するのは「問い」だけではない。
意見が出るための「場」そのものを設計する必要がある。
少しだけ会議を良くするなら
正解は一つではない。
それでも、私自身は次のようなことを意識している。
最初に「今日、何を前に進める会議か」を置く。
何を決めるのか、何の認識を揃えるのか、何が分かれば次へ進めるのか。「意見ありますか?」ではなく、考える範囲を渡す。
懸念、顧客視点、実行可能性など、欲しい観点を少し絞る。前提理解を揃えてから意見を求める。
同じ情報を見ていなければ、議論はなかなか噛み合わない。誰に、どんな観点を期待しているかを考える。
全員から同じ種類の意見を集める必要はない。最後に「会議の前と何が変わったか」を確認する。
ここが、個人的には一番大事だと思っている。
そもそも、全員が発言する必要はあるのだろうか
会議で発言が少ないと、「もっと積極的に発言してほしい」と言いたくなる。でも、そもそも全員がたくさん発言すれば、良い会議なのだろうか。
私は研修について、
「思考か行動のどちらかが変わらないなら、やる意味は薄い」
とよく話す。
会議も似ていると思う。会議の前と後で、
認識が揃った
判断が決まった
次の行動が決まった
何か一つでも状態が変われば、会議は前に進んでいる。
もちろん、「今回はやらない」「この案は撤退する」と決めることだって、立派な前進だ。
良い会議とは、全員がたくさん発言する会議ではない。必要な人から、必要な論点について、必要な意見が出る。そして、認識・判断・行動のどれかが前に進む。
会議の価値は、何人が発言したかではなく、会議の前と後で何が変わったか。
最近は、そんなふうに考えている。

