見出し画像

阿久悠は宮沢賢治を酒場へ連れて行った――『時代おくれ』は昭和に蘇った『雨ニモマケズ』なのか

※本稿では著作権への配慮から、『時代遅れ』の歌詞引用は必要最小限に留めています。

はじめに 『時代おくれ』を聴いたときの既視感

河島英五の『時代おくれ』を初めて聴いたのは、もう20年ほど前になるだろうか。

社会人になって2、3年目の頃。同僚たちとの飲み会のあと、連れ立ってカラオケボックスへ向かった。

その時、上司が歌ったのがこの曲だった。

河島英五といえば、『酒と泪と男と女』の「飲んで〜、飲んで〜」というシャウトの印象が強い。だから当時の私は、もっと泥臭く、感情をむき出しにするタイプの歌手だと思っていた。

しかし『時代おくれ』は違った。

とつとつと語るように歌う。その静かな歌い方が、妙に印象へ残ったのである。

作詞は阿久悠

なぜこの曲は「歌」というより、「語り」のように聴こえるのか。理由は歌詞の構造にあった。

短い文章を、淡々と積み重ねていく形式で書かれているのだ。

たとえば冒頭。

一日二杯の酒を飲み
さかなは特にこだわらず


説明や感情を大きく動かすわけではない。ただ、生活の断片が静かに列挙されていく。そしてこの形式は、曲の最後までほとんど変わらない。

当時の私が聴いても、趣のある歌詞だな、いい曲だなという感想を持った。しかしそれだけではない、なぜか説明しづらい引っ掛かりが心に残った。

どこかで見たことがある。
どこかで読んだことがある。

だが、それが何なのか、ずっと思い出せなかった。

その引っ掛かりの正体に気づいたのは、2年前、盛岡を訪れた時だった。

出張の途中で立ち寄った宮沢賢治の『雨ニモマケズ』詩碑。その文章を眺めた瞬間、私は思わず「あっ」と声を漏らしそうになった。

これは、『時代おくれ』と同じではないか。

理想像を列挙する構造。
単純な短文の反復。
祈りのようなリズム。


そして何より、最後の一文。
『雨ニモマケズ』の
サウイフモノニ ワタシハナリタイ

『時代おくれ』の
時代おくれの 男になりたい

これは、はたして偶然なのだろうか。

第一章 文体の相似性――列挙と祈りのリズム

ここからは、『時代おくれ』と『雨ニモマケズ』の具体的な相似性について見ていきたい。

まず、『時代おくれ』の冒頭。

一日二杯の酒を飲み
さかなは特にこだわらず


この一節を読み返したとき、『雨ニモマケズ』の中盤に登場する有名な一節との類似性を発見した。

一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ


どちらも、「食」からその人物像を浮かび上がらせている。

しかもそこで語られるのは、美食でも贅沢でもない。慎ましい生活である。

もちろん、片や玄米と味噌、片や酒と肴であり、その価値観は大きく異なる。しかし、理想的人物の日常を、具体的な生活描写から立ち上げるという構造は驚くほど似通っている。

さらに両作品は、その後も理想的人間像の行動様式を淡々と列挙していく。

『雨ニモマケズ』では、

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ


と、無私の献身を繰り返し描写する。

一方、『時代おくれ』でも、

妻には涙を見せないで
子供に愚痴をきかせずに


という、「昭和の男」の倫理観が列挙されていく。
興味深いのは、ここで描かれているのが「現実の人間」ではなく、「こう在りたい」と願う理想像だという点である。

実際に宮沢賢治や、阿久悠の描く男たちが、常にその通り生きられたかは分からない。しかし重要なのは、その生き方を願い続ける姿勢そのものなのだ。
そして、この二作品にはもう一つ大きな共通点がある。

短文を反復しながら、同じリズムで延々と列挙を続ける文体である。

普通、文章というものは、情報や感情を伝えるために変化をつける。しかし『雨ニモマケズ』と『時代おくれ』は、あえて似た構文を繰り返し続ける。

すると読み手や聴き手は、途中から一文ごとの意味だけではなく、「リズム」そのものを感じ始める。

雨ニモマケズ
慾ハナク
決シテ瞋(イカ)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル

時代おくれ
マイクが来たなら 微笑んで
十八番(おはこ)を一つ 歌うだけ


その反復は、次第に説明や描写を超え、「こう在りたい」という願望を、自分自身へ繰り返し言い聞かせる行為へと変化していく。

これは宗教的な祈りの構造に近い。

念仏や祝詞もまた、同じ言葉や形式を反復することで、意味を超えたリズムを生み出し、祈願そのものを身体へ浸透させていくからである。

つまり『雨ニモマケズ』と『時代おくれ』は、単なる人生訓ではない。

どちらも、「理想の生き方を唱え続けるための文章」として構築されているのである。

第二章 宮沢賢治と阿久悠――聖人と俗人のあいだ

第一章では、『時代おくれ』と『雨ニモマケズ』の文体的な相似性について見てきた。

しかし当然ながら、この二作品は単なる「同じ詩」ではない。むしろ、その根底にある人間観は大きく異なっている。

まず『雨ニモマケズ』の語り手から感じられるのは、潔癖なまでの道徳性と、徹底した無私の精神である。

語り手は、自分自身の利益をほとんど求めない。

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ


常に他者へ寄り添い、自分を後回しにする。その徳の高さや高潔さは、人智を超越した「聖人」に近い。ここで語り手が夢見ているのは、人間の聖人化である。

私欲を捨て、他者のためだけに生きる存在。そこには、仏教的ともいえる自己消去の思想が漂っている。

一方、『時代おくれ』の語り手はまったく違う。

酒も飲む。
友と語らう。
カラオケでは十八番も歌う。


決して禁欲的ではない。むしろそこにいるのは、自分の弱さや俗っぽさを受け入れながら、それでも少しだけ「格好良く生きたい」と願う、等身大の男である。

だから『時代おくれ』は、『雨ニモマケズ』のように超人的な倫理を目指さない。目指すのは、聖人ではなく、「不器用でも筋を通す人間」なのだ。

ここに、両作品の決定的な違いがある。
雨ニモマケズ』が、人知を超えた理想人格を夢想する詩だとすれば、『時代おくれ』は、傷や弱さを抱えたまま、それでも背筋を伸ばして生きようとする歌なのである。

第三章 昭和後期に蘇った『雨ニモマケズ』

さて、ここまで『雨ニモマケズ』と『時代おくれ』の相似性と対比について見てきた。

最後に考えてみたいのは、なぜ1986年という時代に、『時代おくれ』のような歌が生まれたのか、という点である。

時代おくれ』がリリースされた1986年は、のちにバブル景気と呼ばれる空前の好景気の入口にあたる年だった。戦後から40年以上が経過し、日本社会は大きく変化していた。

消費文化は成熟し、人々の価値観も多様化する。新人類と呼ばれる世代が登場し、それまでの「昭和的価値観」は少しずつ揺らぎ始めていた。

そんな時代の中で、『時代おくれ』は、あえて「不器用な男の倫理」を歌ってみせた。

妻には涙を見せない。
子供に愚痴を聞かせない。
男の嘆きは酒場へ置いていく。


そこにあるのは、効率でも成功でもない。「こう生きたい」という古風な矜持である。

その構造は、どこか『雨ニモマケズ』によく似ている。

しかし当然ながら、宮沢賢治の理想主義は、昭和後期の都市社会では、そのまま生き残ることができなかった。

共同体のために自我を消し去る「聖人」ではなく、弱さや俗っぽさを抱えながら、それでも少しだけ格好良く生きようとする「等身大の男」こそが、阿久悠が昭和後期に求めた理想像だったのである。

だからこそ阿久悠は、『雨ニモマケズ』の精神を、そのまま引用するのではなく、より世俗的な形へ翻訳したのではないか。

酒。
演歌。
酒場。
男の哀愁。


そうした昭和的情景の中へ、『雨ニモマケズ』の「祈りの形式」だけを移植したのだ。

もし『雨ニモマケズ』が、大正・昭和初期に書かれた宗教的理想人格の詩だとするなら、『時代遅れ』は、昭和後期のサラリーマン社会に向けて書かれた、「俗世の祈り」だったのである。

まとめ 「サウイフモノニワタシハナリタイ」と「時代おくれの男になりたい」

時代おくれ』を初めて聴いた時に感じた、あの奇妙な既視感。その正体は、『雨ニモマケズ』と共通する「祈りの形式」にあった。

短文を反復しながら、理想の人間像を列挙していく。

それは単なる人生訓ではない。

こう在りたい」という願いを、自分自身へ何度も言い聞かせるための、祈りにも似たリズムだった。

もっとも、両者が描く理想像は大きく異なる。

宮沢賢治が夢見たのは、私欲を捨て、他者へ尽くし続ける聖人だった。

一方、阿久悠が描いたのは、酒も飲み、弱さも抱え、それでも少しだけ格好良く生きたいと願う、不器用な男である。

そこには、時代の違いがある。

共同体のために自己を消すことが理想として成立しえた時代と、都市化と消費社会の中で、「等身大の倫理」しか信じられなくなった時代。

だから阿久悠は、『雨ニモマケズ』の精神を、そのまま引用しなかった。

代わりに彼は、その「祈りの構造」だけを昭和後期へ移植したのである。

酒場で酒を飲み、少し酔いながら、それでも背筋だけは伸ばして生きていく。

時代おくれ』とは、そんな昭和の男たちに向けた、「俗世版・雨ニモマケズ」だったのではないだろうか。

そして最後に残るのは、やはりあの一文である。

時代おくれの男になりたい
サウイフモノニ ワタシハナリタイ

その姿はまるで違っていても、どちらも結局は、「そう在りたい自分」を唱え続けるための言葉だったのではないだろうか。

だから今でも、『時代おくれ』を聴くと、不思議なほどに古さを感じない。素直に心に響く。

あの歌は、昭和の男を懐かしむための歌ではない。

弱さや格好悪さを抱えながら、それでも「こう生きたい」と願い続けるための、静かな祈りの歌なのである。

いいなと思ったら応援しよう!