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【脱・カフェイン中毒】何かに依存している真っ最中に、ソレに気づくのは難しい

自分が何かに依存している時、強く思い込んでいる時。案外気づけないものなんだな、と実感したことがありました。

ここ数年間、私は明らかにカフェイン中毒でした。特に仕事や何かを始める時は必ずコーヒーを一杯、カタカタと打つPCのそばにも、眉間にシワ寄せて参加する会議にも手元にはコーヒー。軽々しくこの言葉を使いたくありませんが、一種の「依存症」だったのだと思います。

その結果、とても寝つきが悪くなりました。慢性的に寝不足状態だったと思います。寝起きもボーっとするから、またコーヒーに頼るという悪循環。

その渦中にいる間も、私は自分がおかしいとは全く思っていませんでした。コーヒーは「働くためのガソリン」だと信じていたからです。

しかし、そんな私が今コーヒー断ちをして一ヶ月になります。きっかけは軽い胃腸炎でした。お医者さんに「治るまでコーヒーや揚げ物などの刺激物は控えるように」と言われたのです。

症状が治ってからも何日かは念のためと、ノンカフェインかつ油控えめの食生活を続けていました。そして、ふと気づいたんです。

あれ?コーヒー飲まなくても仕事できてるな

コーヒーは私を動かすガソリンではありませんでした。気合いを入れるためのスイッチになっていたかもしれませんが、飲まなくても業務は進みました。思い込みって怖い。

思い返してみると、私が毎日何杯もコーヒーを飲み始めた時期は、苦手な仕事を引き受け始めたタイミングと重なっていたようです。それをスパッと断ったり、諦める勇気もなかったあの頃。コーヒーで無理矢理、己を覚醒させていたのでしょう。一見「お酒に逃げる」とは反対に見えますが、根っこは同じです。

心を守るために「お守り」や「逃避行動」が必要なこともあります。否定はしません。しかも、何かに依存している真っ最中に、ソレに気づくのは難しいと思います。私も胃腸炎にならなかったら、ずっとカフェイン中毒だったはずです。

何かのきっかけで、魔法が消えるように、依存していたものや思い込みから解放されることがあるんだなと思った出来事でした。原因となった仕事を、ずっと前に終わらせていたことも大きいかもしれません。もし「苦手なこと」「やりたくないこと」を無理に抱えたまま、コーヒーだけ断っていたら、別の何かに逃げていた可能性もあります。

今でもコーヒーの味や香りは大好きです。この先、本当に飲みたいと思った時は飲むと思います。旅先の気に入ったカフェで豆を買うのも、趣味の一つなので辞めるつもりはありません。

でも「今、あえて飲まなくてもいいかな」くらいの感じで、カフェイン断ちを続けられています。「飲もうと思えばいつでも飲める」と思っているのも良いのかもしれません。寝つきも改善したので、もうしばらくこのユルい実験を続けてみます。

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