【連載開始】本能寺の変新解釈小説『信忠謀叛』第一章「甲州の決断」
一 天目山の報告
天正十年(一五八二年)三月十一日、天目山。
「武田勝頼、同信勝、自害」
この報告が織田信忠のもとに届いたのは、甲斐の山々に残雪がまだ白く光る午後のことであった。二十六歳の信忠は、甲府盆地を見下ろす高台で馬を止め、深く息を吐いた。
甲州征伐は終わった。
しかし、それは単なる一国の平定ではなかった。六十年間にわたって甲斐を支配し、戦国最強の名を欲しいままにした武田家の完全なる終焉であった。武田信玄、武田勝頼、二代にわたって天下に覇を唱えた名門が、わずか一ヶ月余りで灰燼に帰したのである。
信忠の脳裏に、この一ヶ月間の戦いが蘇った。
二月六日、伊那谷からの侵攻開始。織田軍十八万という未曾有の大軍が、三方向から甲斐に雪崩れ込んだ。父信長は岐阜から、叔父織田信包は尾張から、そして自分は美濃から。まさに鉄壁の包囲網であった。
最初の激戦は高遠城であった。武田の血を引く仁科盛信が、わずか三千の兵で五万の織田軍に立ち向かった。城は二月二十六日に落ちたが、その抵抗の激しさは、織田軍に深い印象を残していた。
「仁科殿は見事であった」
信忠は馬上で呟いた。敵将でありながら、その武勇と忠義には心から敬意を払っていた。最後まで降伏を拒み、城と運命を共にした仁科の生き様は、まさに武田武士の鑑であった。
そして三月十一日、天目山。勝頼父子の最期の地となったこの山で、戦国最強と謳われた武田軍団は完全に潰えた。信忠自身も追討軍の一翼を担い、勝頼の最期を見届けていた。
三十六歳で自害した勝頼の表情は、意外にも穏やかであった。まるで長い苦悩から解放されたかのような、安らかな死に顔であった。その傍らで殉死した嫡男信勝は、わずか十六歳の美少年であった。
「武田信玄公の孫が...」
信忠の胸に、複雑な感情が去来した。勝利の喜びよりも、むしろ一抹の寂しさが心を支配していた。戦国の世とはいえ、これほどの名門が一朝にして滅ぶとは。そして、その滅亡に自分も加担していることへの、言いようのない罪悪感があった。
「武田信玄公は、偉大な方であった」
傍らに控える重臣、斎藤利治に向かって、信忠は静かに呟いた。利治は斎藤道三の末子で、美濃平定以来、信忠に仕えている。道三の血を引く利治は、下克上の世にありながらも義理と人情を重んじる武将であった。その忠義の厚さと実直な性格は、信忠の最も信頼するところであった。
利治もまた、主君と同じく複雑な心境にあった。美濃を父道三から奪った織田家に仕えながらも、その織田家が今度は武田という名門を滅ぼした。戦国の非情さを、身をもって知る男であった。
「されど、時の流れには逆らえませぬ」
利治の言葉には、深い諦念が込められていた。武田信玄という戦国屈指の名将をもってしても、時代の変化には勝てなかった。鉄砲と大軍による新しい戦争に、騎馬軍団という古い戦術は通用しなかったのである。
しかし、信忠には単純に時代の変化として割り切れない思いがあった。甲斐という国は、確かに豊かな文化を育んでいた。甲州法度に代表される優れた法制度、信玄堤による治水事業、そして何よりも主君への忠義を貫く武士たちの精神。これらを「古いもの」として切り捨てることが、果たして正しいのであろうか。
「利治、父上の到着まで、どれほどの時がある?」
「おそらく十日ほどかと」
「十日...」
信忠は馬首を甲府城に向けた。時間がない。父信長が到着すれば、武田の遺臣たちに待っているのは皆殺しであろう。しかし、信忠にできることには限りがあった。
二 遺臣たちの運命
甲府館に入った信忠を出迎えたのは、降伏した武田の家臣たちの疲れ果てた顔であった。彼らは大きく二つに分けられていた。甲府に残っていた重臣たちと、遠山城で山県昌景に仕えていた部将たちである。
しかし、その中に一人、明らかに他の者たちとは異なる雰囲気を醸し出している男がいた。小山田信茂である。
小山田信茂は郡内地方の国衆として、三十年余り武田家に従属してきた。しかし、その忠誠心には常に疑念が付きまとっていた。自分の領地保全を最優先とし、主君よりも己の保身を重んじる男として知られていた。
信忠は小山田信茂を見つめた。この男の行動については、既に詳細な報告を受けていた。その内容は、信忠の怒りを激しく燃え上がらせるものであった。
三月三日、天目山に追い詰められた武田勝頼は、最後の望みを小山田信茂に託していた。信茂の居城である岩殿城への入城である。岩殿城は天然の要害であり、そこに籠城すれば、まだ戦う余地があった。
勝頼は血書をもって使者を送り、信茂に救援を求めた。
「小山田殿、この勝頼、最早これまで。せめて岩殿城にて、武田の名誉を守る最後の戦いを。何卒、入城をお許し願いたい」
しかし、信茂の返答は冷酷なものであった。
「勝頼様には、誠に申し訳ございませんが、岩殿城への入城はお断り申し上げます。今は織田との和睦を優先すべき時と存じます」
この裏切りが、勝頼を天目山での自害に追い込んだのである。もし信茂が忠義を貫いていれば、勝頼はまだ戦う機会があったかもしれない。しかし、信茂は己の保身を選んだ。
それだけではない。勝頼が自害した後、信茂は素早く織田軍に降伏し、自分の領地安堵を求めていた。まさに風見鶏のような変わり身の早さであった。使者として送られた織田方への降伏文書には、こう記されていた。
「小山田左衛門尉信茂、今度織田様の御威光に服し、領地安堵を願い上げ奉り候。武田勝頼儀、不忠の振る舞い多く、天罰を蒙り候間、信茂は早々に織田様に御帰属申し上げ候」
主君を「不忠」呼ばわりして己の忠節をアピールする。これほどの恥知らずがあろうか。
信忠は信茂の前に立った。その眼光は、普段の穏やかさとは正反対の、鋭い怒りに満ちていた。
「小山田信茂」
「はっ」
信茂は平身低頭した。しかし、その態度からは、自分の行動に対する反省の色は微塵も見えなかった。むしろ、織田軍に降伏したことで命が助かると安心している様子すら窺えた。
「汝は何年、武田家に仕えた?」
「三十年余りにございます」
「三十年...」
信忠の声は低く、しかし強い怒りが込められていた。
「その長きにわたって仕えた主君を、最後の最後に裏切ったのか」
信茂は答えに詰まった。弁解の言葉を探したが、何も見つからなかった。
「勝頼様が岩殿城への入城を求められた時、汝は何と答えた?」
「それは...時勢というものがございまして...」
「時勢だと?」
信忠の怒りが爆発した。
「武士たる者が、主君を裏切る理由が時勢か!」
信忠の一喝に、その場にいた全ての者が身を震わせた。普段は温厚な信忠の、これほどの怒りを見るのは初めてであった。
「勝頼様は最後まで戦おうとされていた。その気概ある主君を、汝は見捨てたのだ。武田勝頼を裏切るとは、小山田こそは古今未曾有の不忠者!」
信忠の言葉は、まさに断罪であった。武士にとって最も重要な「忠義」を踏みにじった者への、容赦ない裁きであった。
「しかも」
信忠は続けた。
「主君を『不忠』と呼んで、己の忠節をアピールするとは。恥を知れ!」
信茂は顔を真っ青にして震えていた。自分の降伏文書の内容まで、信忠に知られている。
「信忠様、お助けを...」
「助け?」
信忠は冷ややかに言った。
「汝は主君を助けなかった。ならば、誰が汝を助けるというのか」
信忠は振り返り、他の武田遺臣たちを見回した。
甲府組の筆頭は、跡部勝資であった。武田家三代に仕えた宿老で、勝頼の信任も厚かった。その表情には深い絶望が刻まれていたが、同時に誇りも失っていなかった。
「諸君らを見よ。最後まで主君に従い、忠義を貫いた。たとえ敗れたとはいえ、その心は美しい」
跡部勝資をはじめとする甲府組の重臣たちは、深く頭を下げた。敗軍の将でありながら、これほどまでに評価されるとは思わなかった。
「跡部殿」
信忠は勝資の前に立った。
「長い間、ご苦労であった。最後まで主君を見捨てなかった。それこそが真の武士の姿だ」
その言葉に、勝資は涙を流した。
「信忠様...」
「武田家への忠義、見事であった。たとえ我らの敵であったとはいえ、その忠節には深く敬意を表する」
信忠の言葉に、その場にいた武田の遺臣たちは皆、涙を流した。彼らは死を覚悟していた。しかし、この若き武将は、彼らの忠義を理解し、敬意を払ってくれていた。
一方、山県昌景の旧臣たちは、また別の表情をしていた。彼らは最後まで戦い抜いた者たちであった。山県昌景という戦国屈指の猛将に仕えた誇りと、その教えを最後まで貫いた満足感が、その顔に現れていた。
中でも、馬場信春の息子である馬場信頼の姿が、信忠の目を引いた。父と共に数々の戦場を駆け抜けた若武者は、敗れたとはいえ、その眼光は衰えていなかった。
「山県様の教えを、最後まで守り抜きました」
信頼の言葉に、信忠は深く頷いた。山県昌景の「赤備え」は、織田軍にとっても恐るべき敵であった。三方ヶ原の戦いでは、家康を死の淵まで追い詰めた精鋭部隊である。そのような部隊を率いた武将たちが、今は自分の前に膝をついている。
「しかし、この小山田信茂は違う」
信忠は再び信茂に向き直った。
「己の保身のために主君を見捨てた。このような者を生かしておけば、忠義という言葉が汚れる」
信忠の価値観が、はっきりと表れた瞬間であった。彼にとって、武士の価値は忠義によって決まる。才能や武勇がどれほど優れていても、忠義を欠いた者は武士ではない。
「小山田信茂、汝の罪は万死に値する」
信忠の宣告に、信茂は泣き崩れた。
「お許しを、お許しを...」
「許し?汝は勝頼様に許しを請うたか?」
信忠の言葉に、信茂は何も答えることができなかった。
この場面を見ていた山県昌景の旧臣たちは、深い感動を覚えていた。この若き武将は、単なる勝者ではない。武士道を真に理解し、それを実践する真の武人であった。
「これこそが真の武将だ」
馬場信頼は心の中で呟いた。父馬場信春は、「不死身の鬼美濃」と呼ばれた武田四天王の一人であった。その父から教わった武士道と、信忠の言葉は完全に一致していた。
「汝の死をもって、忠義の大切さを天下に示そう。それが、汝にできる最後の奉公だ」
翌朝、甲府館の庭で小山田信茂の処刑が執行された。
信茂は最期まで見苦しく命乞いを続けていた。
「お助けを!お助けを!私にはまだやることが...」
その醜態を見ていた武田の遺臣たちは、深い軽蔑の念を抱いた。同じ武田の家臣でありながら、これほどまでに異なる最期があるものか。
「小山田信茂、最後に一言あるか」
信忠の問いに、信茂は震え声で答えた。
「ゆ、許しを...時勢に従っただけで...」
「時勢か」
信忠は冷ややかに言った。
「汝の言う時勢とは、己の保身のことであろう。真の武士なら、時勢がいかに変わろうと、忠義を貫くものだ」
信茂はもはや言葉もなく、ただ泣き崩れるばかりであった。
「小山田信茂、汝の不忠により武田勝頼様は天目山にて自害された。その罪、万死に値する」
執行人の刀が振り下ろされた時、信茂は最後まで許しを求める声を上げていた。その声は途中で途切れ、庭に静寂が戻った。
処刑を見守っていた武田の遺臣たちは、複雑な思いに駆られていた。同じ武田の家臣でありながら、これほどまでに扱いが違う。それは、忠義を貫いたか否かの違いであった。
信忠は信茂の首を見下ろしながら言った。
「これが裏切り者の末路だ。諸君らは、この男のようにはならぬであろう」
遺臣たちは深々と頭を下げた。信忠の言葉は、彼らの心に深く刻まれた。
その後、信忠は残りの遺臣たちの処遇を決めた。
「諸君らは信茂とは違う。最後まで忠義を貫いた。それゆえ、全てを同じように扱うことはできぬ」
信忠の言葉に、遺臣たちは希望を見出した。
「甲府にて降伏せし者ども、明日重だった者のみ処刑する」
信忠の宣言に、武田の遺臣たちは覚悟を決めた顔になった。
「されど」
信忠は続けた。
「処刑は、三代に仕えた宿老たちのみとする。その他の者は、処刑したと報告するが、実際は密かに落ち延びよ」
この言葉に、甲府組の遺臣たちは驚愕した。敵将でありながら、ここまでの配慮をするとは。
「信忠様...なぜそこまで...」
跡部勝資の問いに、信忠は静かに答えた。
「武田信玄公は稀代の名将であった。その薫陶を受けた諸君らが、無駄に死ぬことを、信玄公が望まれるとは思えぬ」
信忠の真意は、可能な限り多くの命を救うことであった。ただし、父にバレない範囲で。そして、忠義を貫いた者と裏切り者を明確に区別することであった。
翌日、甲府館の庭で処刑が執行された。しかし、首を刎ねられたのは、跡部勝資、長坂釣閑斎、小宮山友晴ら、武田家中でも特に重きをなした者たちのみであった。
跡部勝資は、最期まで毅然としていた。小山田信茂の情けない最期を見た後だけに、その対比は際立っていた。
「信忠様、この度の御温情、深く感謝申し上げます」
勝資の言葉に込められた真意を、信忠は理解していた。表向きは全員処刑となっているが、実際は多くの命が救われる。それに対する感謝の言葉であった。
「跡部殿、貴殿らの忠義は、必ずや後世に伝えられよう。そして、小山田信茂のような不忠者との違いも」
信忠の言葉を最後に聞いて、勝資は安らかに首を差し出した。主君に最後まで仕えた忠臣としての誇りを胸に、従容として死に向かった。
その処刑を見ていた他の武田遺臣たちは、複雑な思いに駆られていた。重臣たちの死によって、自分たちの命が救われる。そのことへの感謝と、同時に申し訳なさが入り混じっていた。
しかし、彼らは信忠の真意も理解していた。これは単なる温情ではない。忠義を貫いた者への敬意と、裏切り者への断罪。それを明確に示すための処置であった。
処刑が終わると、信忠は密かに生き残った遺臣たちを集めた。
「諸君らには、夜陰に乗じて甲斐を去ってもらう。表向きは処刑されたことになっているゆえ、二度と甲斐の地を踏むことはできぬ。それでも構わぬか?」
遺臣たちは深々と頭を下げた。
「信忠様の御恩、生涯忘れませぬ。そして、小山田信茂のような不忠者にはならぬことを、ここに誓います」
彼らの言葉には、信茂への軽蔑と、信忠への深い感謝が込められていた。
その夜、五十余名の武田遺臣たちが、密かに甲斐を脱出した。彼らの多くは、後に商人や町人として各地に散らばり、武田の血脈と文化を後世に伝えることになる。そして、忠義の大切さと、裏切りの醜さも共に伝えることになる。そのことを、信忠はまだ知らなかった。
三 密かなる温情
一方、山県昌景の旧臣たちについては、別の問題があった。彼らは甲府降伏組とは異なり、最後まで戦い抜いた武将たちであった。
「山県様の部将たちをいかがいたしましょうか」
利治の問いに、信忠は暫し考え込んだ。この者たちを処刑するのは、あまりにも惜しい。武田二十四将筆頭の山県昌景に仕えた精鋭たちである。
そんな時、一通の書状が届いた。送り主は徳川家康であった。
『甲州征伐、お見事でした。ところで、山県昌景の旧臣たちの処遇についてお聞かせ願えれば幸いです。彼らの武勇は、三方ヶ原にて身をもって知っております』
家康らしい、慎重な問い合わせであった。山県の赤備えに散々苦しめられた家康だからこそ、その価値を理解している。
信忠は、この書状を見て一つの決断を下した。
「この書状、返事は出さぬ」
「はっ?」
利治は困惑した。
「返事を出さねば、家康殿もこちらの意向を察してくださろう。山県の旧臣たちには、密かに甲斐を去るよう伝えよ」
信忠の策は巧妙であった。正式に徳川への引き渡しを許可すれば、父の怒りを買う。かといって処刑するのは惜しい。ならば、「処遇未定のまま逃亡を許し、結果として徳川に向かった」という形にすれば良い。
「山県の旧臣諸君」
信忠は彼らを密かに呼び出した。
「甲斐にとどまることは、諸君らにとって危険である。速やかに退去されよ」
その言葉の真意を理解した山県の旧臣たちは、深々と頭を下げた。
「信忠様の御温情、生涯忘れませぬ」
彼らもまた、夜陰に乗じて甲斐を後にした。その向かう先は、言うまでもなく三河であった。
四 木曽路の密偵
三月二十日、木曽路。
織田信長の本隊は、甲府に向けて進軍していた。その中に、明智光秀の姿があった。五十五歳の光秀は、信長の重臣として、この甲州征伐にも従軍していたのである。
「光秀、甲府の様子はどうだ」
信長の問いに、光秀は慎重に答えた。
「信忠様が見事に処理されております。武田の重臣らは処刑、城内も完全に制圧されております」
光秀の報告は、表向きのものであった。しかし、その情報網は信忠の真の行動も把握していた。
信忠が一部の遺臣を密かに逃がしたこと。山県の旧臣たちが徳川領に向かったこと。それらの情報は、既に光秀の手に入っていた。
しかし、光秀はそれを信長に報告しなかった。信忠の行動に、光秀は深い共感を覚えていたからである。
「信忠様らしい判断だ」
光秀は心の中で呟いた。知略に長け、文化を愛し、そして何よりも慈悲深い。次代の織田家当主として、これほどふさわしい人物はいないであろう。
だが、光秀にはひとつの懸念があった。信長がこの件をどう受け取るかである。
五 魔王来たる
三月二十六日、信長が甲府に到着した。
信忠は城門で父を出迎えた。久しぶりに見る父は、相変わらず精力的であったが、どこか苛立ちを含んだ表情をしていた。
「信忠、ご苦労であった」
「はっ。父上のお陰をもちまして、甲州は平定されました」
「そうか。して、武田の残党どもはどうした?」
信長の質問に、信忠は用意していた答えを返した。
「重だった者どもは、すべて処刑いたしました」
「そうか、それで良い」
信長は満足そうに頷いた。しかし、続けて不審な顔をした。
「しかし、山県昌景の旧臣どもはどうした?あやつらこそ、武田軍団の中核であったはず」
信忠の心臓が跳ね上がった。
「彼らは...処遇を検討しておりましたところ、夜陰に乗じて逃亡いたしました」
「逃亡だと?」
信長の声に、怒りの色が滲んだ。
「申し訳ございません。警備が手薄でした」
信忠は頭を下げた。嘘をついているという後ろめたさもあったが、それ以上に、父の怒りへの恐れが勝っていた。
「まあ良い。所詮は敗残兵よ」
幸い、信長はそれ以上追及しなかった。しかし、その表情には、息子への不信が宿っていた。
六 恵林寺炎上
恵林寺は、甲斐国における仏教文化の中心地であった。武田信玄の菩提寺として建立されたこの寺は、単なる宗教施設を超えた存在であった。甲斐の民衆にとって、恵林寺は心の支えであり、文化の源泉でもあった。
住持を務める快川紹喜は、当代随一の高僧として知られていた。美濃の崇福寺、京都の南禅寺を経て恵林寺に入った快川は、信玄からも深く敬愛されていた。その学識と人格は、甲斐のみならず全国に知れ渡っていた。
「快川紹喜、武田家ゆかりの品々を差し出せ」
信長の要求は、単なる戦利品の接収ではなかった。それは武田家の精神的支柱を完全に破壊するという意図があった。恵林寺に保管されている信玄の遺品や古文書は、武田家の歴史そのものであった。
しかし、快川は毅然として拒否した。
「仏法に関わるものを、俗世の権力者に渡すわけにはまいりません」
快川の態度には、一片の迷いもなかった。権力に屈することなく、自らの信念を貫く。それこそが、僧侶としての最後の務めであった。
「武田信玄公の菩提を弔うことこそが、この快川の使命。それを妨げるものがあるとすれば、例え織田信長殿であろうと、お断り申し上げます」
快川の言葉に、信長は激怒した。これまで数々の宗教勢力を屈服させてきた魔王にとって、一僧侶の反抗は許し難いものであった。
「ならば、この寺もろとも焼き払ってくれる」
この時、信忠は必死に父を止めようとした。
「父上、恵林寺は甲斐随一の名刹です。焼き討ちは...」
「黙れ!」
信長の一喝に、信忠は言葉を失った。
「古いものに情けをかけるから、お前は甘いのだ」
信長の命令で、恵林寺は炎に包まれた。快川をはじめとする僧侶百余名が、炎の中で読経を続けた。その声は、甲府盆地全体に響き渡った。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」
快川の辞世の句が、炎上する本堂に響いた時、信忠の心に決定的な亀裂が生じた。この光景を見ていた信忠は、父への嫌悪感を抑えることができなかった。なぜ、ここまで徹底的に破壊する必要があるのか。武田は既に滅んでいるではないか。
恵林寺の炎は、三日三晩燃え続けた。その炎を見つめながら、信忠は一つの確信を抱いていた。父のやり方は間違っている。古いものを全て破壊することが、果たして正しい統治なのであろうか。
七 父子激突
恵林寺焼き討ちの翌日、信長は信忠を呼び出した。
「信忠、天下の儀について話がある」
天下の儀。それは、信長から信忠への家督相続に関わる重大事項であった。
「私はお前に、天下を譲るつもりでいた」
信長の突然の宣言に、信忠は驚いた。
「父上...」
「しかし、昨日のお前の表情を見ていて、考えが変わった」
信長の言葉に、信忠は不安を覚えた。
「お前は、まだ天下人たる器ではない。甘すぎる」
信長の判断は厳しかった。武田遺臣への密かな温情、恵林寺焼き討ちへの反応、それらすべてが信長には「甘さ」として映ったのである。
「父上、いい加減にしてください!」
信忠の怒りが、ついに爆発した。
「古いものを認めず壊すだけの父上の考えこそが古いのです!」
信長は息子の反抗に、驚きの表情を見せた。
「何だと?」
「潮時です、ご隠居ください」
その言葉を聞いた瞬間、信長の顔は蒼白になった。息子に隠居を迫られる。戦国の覇者にとって、これほどの屈辱があろうか。
「お前は甘い!古いものはすべて滅ぼすのだ!」
「それは間違っています!古いものの中にも、価値あるものがあります!」
父子の激突は、これまでにない激しさを見せた。
「武田の軍略、寺院の文化、公家の雅...それらを全て破壊してしまえば、何も残らないのではないでしょうか」
信忠の言葉に、信長は深いため息をついた。
「お前は本当に甘い。そのような考えでは、戦国の世を生き抜くことはできない」
父子の対話は、完全に平行線であった。信長にとって、戦国の世とは弱肉強食の世界であり、生き残るためには一切の情けは不要であった。しかし、信忠にとって、それは人間性を失うことに等しかった。
八 光秀の憂慮
この父子の激突を、密かに見ていた者がいた。明智光秀である。
光秀は甲府館内の廊下で、二人の会話を聞いていた。その内容は、光秀にとって非常に興味深いものであった。
織田家中で最も重要な父子の間に、これほど深い亀裂があるとは。そして、信忠の価値観は、光秀自身のそれに近いものがあった。
「信忠様の方が、正しいのかもしれない」
光秀は心の中で呟いた。しかし、同時に大きな懸念も抱いていた。この父子対立が、やがて織田家に大きな災いをもたらすのではないか。
光秀の情報網は、既に他の重要な動きも察知していた。備中高松城を包囲している羽柴秀吉の動向、そして秀吉の軍師である黒田官兵衛の不穏な行動。
「何かが起ころうとしている」
光秀の直感が、そう告げていた。
九 物見櫓の孤独
その夜、信忠は一人で甲府館の物見櫓に上がっていた。眼下に広がる甲府盆地は、月光に照らされて静寂に包まれている。
父との激突の余韻が、まだ心に残っていた。これほどまでに価値観が違うとは。自分は、本当に織田家の跡継ぎとしてふさわしいのだろうか。
つい一ヶ月前まで、この地には武田という一つの文化があった。信玄の築いた善政、家臣たちの忠義、そして甲州法度に代表される統治システム。それらは、確かに価値あるものであった。
しかし、父はそれらを「古いもの」として切り捨てようとしている。果たして、それが正しいのであろうか。
そんな信忠の心境を察したかのように、斎藤利治が物見櫓に上がってきた。
「信忠様、お一人でこのような所に」
「利治か。お前はどう思う?」
「何をでございましょうか」
「父上のやり方だ。古いものを全て破壊する。それが正しいと思うか?」
利治は慎重に言葉を選んだ。
「信長様のお考えも、一つの道でございましょう。しかし、信忠様のお考えも、また一つの道かと」
「しかし、父上は私のやり方を甘いと言われる」
「甘さと慈悲は、違うものでございます」
利治の言葉に、信忠は救われる思いがした。
「お前は、私についてきてくれるか?」
「無論でございます。この利治、信忠様のお考えこそが、これからの世に必要なものと信じております」
利治の忠義に、信忠は深く感謝した。少なくとも、自分を理解してくれる人間がいる。それだけで、心の支えになった。
十 別れの予兆
翌日、信長は甲府を発った。京都での政務が山積していたからである。しかし、去り際に信忠に向かって言った言葉は、息子の心に深い傷を残した。
「お前の甘さは、いずれ織田家の災いとなる」
信長の予言めいた言葉に、信忠は何も答えることができなかった。
信長の一行には、明智光秀も含まれていた。光秀は出発前に、密かに信忠に会いに来た。
「信忠様、先日は...」
「聞いていたのか」
「申し訳ございません」
光秀は深く頭を下げた。
「しかし、信忠様のお考え、この光秀には理解できます」
光秀の言葉に、信忠は驚いた。
「光秀が?」
「武による守護。それこそが、これからの時代に必要なものかと」
光秀の共感に、信忠は心強さを覚えた。父には理解されない自分の理想を、この智将は理解してくれている。
「光秀、もし私が間違った道を歩もうとした時は、正してくれ」
「はっ。ただし、信忠様の道が間違っているとは、この光秀には思えませぬ」
光秀の言葉に、信忠は微笑んだ。
しかし、信忠はまだ知らなかった。この時既に、彼の心の動きを利用しようとする者が、着々と準備を進めていることを。備中高松城の黒田官兵衛が、信忠の父への不満を巧妙に利用する策を練っていることを。
甲府の春は、まだ肌寒かった。桜の蕾がほころび始めた頃であったが、恵林寺の焼け跡からは、まだ煙が立ち上っていた。新しい季節の訪れと、古いものの破壊が同時に進行している。それは、まさに信忠の心境を象徴しているかのようであった。
信忠は、幼い頃に沢彦宗恩から教わった言葉を思い出していた。
「天下布武とは、武力によって天下を平定することではない。武によって天下を布(し)く、すなわち武力を背景として平和を実現することなのです」
その教えは、信忠の心に深く刻まれていた。武は破壊のためにあるのではなく、守るためにある。多様な文化が共存する世の中を作るために、武力は存在するのだ。
しかし、父信長の「天下布武」は、明らかに異なっていた。古いものを徹底的に破壊し、新しい秩序を力づくで押し付ける。それは、沢彦和尚の教えとは正反対の思想であった。
信忠の胸中に芽生えた父への疑念は、やがて大きな炎となって燃え上がることになる。しかし、この時の信忠は、まだそのことを予想していなかった。ただ、心の奥底で、何かが音を立てて崩れていくのを感じていただけであった。
武田滅亡から十五日。甲州征伐は終わったが、織田家にとって、本当の戦いはこれから始まるのであった。そして、その戦いの中で最も深い傷を負うのは、他ならぬ信忠自身になることを、この時は誰も知らなかった。
遠く備中高松城では、一人の男が甲府からの報告を興味深く読んでいた。黒田官兵衛。この天才的軍師の頭脳は、既に信忠の心の動きを利用する策を練り始めていた。織田家中の亀裂こそが、自分の主君羽柴秀吉を天下人に押し上げる最大の好機である、と。
甲斐の山々に春風が吹き渡る中、歴史の歯車は静かに、しかし確実に回り始めていた。
【第一章 登場人物】
織田信忠(26歳)
織田信長の嫡男。甲州征伐の総大将を務める。沢彦宗恩の禅的教育を受け、「武による守護」を理想とする理想主義者。武田遺臣への温情ある処置で父との価値観の違いを露呈。忠義を重んじ、裏切り者を許さない武士道精神の持ち主。
織田信長(49歳)
戦国の魔王。「古いものを破壊し、新しい秩序を築く」ことを信条とする。息子信忠の甘さを嫌悪し、恵林寺焼き討ちで徹底的な破壊主義を示す。信忠の隠居勧告に激怒し、父子関係に決定的な亀裂が生じる。
斎藤利治
斎藤道三の末子で信忠の筆頭重臣。美濃平定以来、信忠に仕える忠義の人。主君の理想主義的判断を理解し支持する数少ない理解者。実直な性格で信忠の心の支えとなる。
明智光秀(55歳)
織田家重臣で近畿随一の情報収集能力を持つ。信長に従軍しながらも信忠の行動を密かに把握。信忠の価値観に共感を示し、父子対立の深刻さを憂慮する。「何かが起ころうとしている」と予感しながらも、自分が標的となることは想像していない。
武田勝頼(36歳没)
武田信玄の四男で武田家最後の当主。小山田信茂の裏切りにより天目山で自害。信忠からも「主君に最後まで従った気概ある武将」として敬意を払われる。
小山田信茂(処刑)
郡内地方の国衆。三十年間武田家に仕えながら、最後に勝頼を裏切り岩殿城への入城を拒否。信忠により「古今未曾有の不忠者」として断罪され処刑される。忠義と裏切りの対比を象徴する人物。
跡部勝資(処刑)
武田家三代に仕えた宿老。最後まで主君に忠義を貫き、信忠から「真の武士」として敬意を表される。処刑されるが、その忠義は後世に伝えられることを約束される。
馬場信頼
馬場信春(武田四天王)の息子。山県昌景の旧臣として最後まで戦い抜く。信忠の武士道精神に深い感動を覚え、父から受け継いだ武士道との一致を確認する。
快川紹喜(焼死)
恵林寺住持で当代随一の高僧。武田信玄の菩提を弔うことを使命とし、信長の要求を毅然として拒否。「心頭滅却すれば火もまた涼し」の辞世の句を残して殉教。信忠の父への嫌悪感を決定的にした事件の中心人物。
徳川家康(40歳)
三河の領主。信忠から武田遺臣召し抱えの密書を受け、山県昌景の赤備えを井伊直政に継承させることを約束。信忠の「武による守護」思想に共感を示す。
沢彦宗恩(回想)
信長・信忠共通の教育係の禅僧。「天下布武」「岐阜」の命名者。信忠に「天下布武は武力による平和実現」という思想を教え、多様性を重んじる価値観の源泉となった。
【次章予告】 備中高松城にて羽柴秀吉を支える軍師・黒田官兵衛が、甲府での父子対立の情報を入手。信忠の心の動きを利用した恐るべき策略が始動する。
【第一章 了】
