1300万円貯金とゲストハウスの仲間たち②
不退転の気持ちで飛び込んだゲストハウス「ファーストハウス」はそれはそれは不思議な場所だった。しかし、私の23年間の辛さや悲しみなどを本当に癒してくれた場所でもあった。
大きなスーツケース2つとマウンテンバイクのみで入居した私は、入居日の昼前にハウスに到着したが、その21時からいつも通り深夜勤務であった。
前日の21時から当日朝7時まで就業し、家に着いて荷物を運び出したのが10時過ぎであった。
ゲストハウスに到着すると、本当に風変わりな人が多かったが、その中でも当時の管理人は特別だった。
自分の入居経緯や、海外に行くために貯金している。目標額はいくらで、いつまでこのハウスにお世話になるつもりだということを伝えると、「お前は馬鹿か」という返答があった。理由は2つで、
そんな金額を途中で諦めずに貯めることはほぼ不可能。先に身体が持たなくなる。
もう一つは、若い今だからこそできることがあるから、今すぐに海外に飛ぶように。という彼なりのアドバイスだった。若さに勝るものはないし、お金は最低限あればなんとかなる。
彼はオーストラリアで過ごしてきた自身の経験から、もっと早く、若い頃に行っておくべきだった。という想いがあったし、心臓の病気で海外に気軽に行けなくなってしまった自身の状況も含めて、私にも「歳をとると何が起きるかわからない」と言うことを伝えたかったのだと思う。
その管理人に、私はこれまでの人生やここ最近の自分の近況を手短に話し、だからこそ計画的に、慎重に、後々焦ったり、諦めたり、無鉄砲な生活だけはしたくない。などの思いを伝えた。
彼は納得し、それなら自分がお前をサポートしてやる。というような言葉をかけてくれた。彼との関係はすでに22年ほどになるが、馴れ合いでもなく、常に近況を報告するでもなく、親友というわけでもなく、なんだか不思議な距離感だが、どんなに時間が空いてもすぐに「あの頃」に戻れるような感じがある。
彼だけではなく、
ヨガ講師、日本語教師、ゲームクリエイター、看護師、料理の上手な韓国人、病院の食堂を任されているバングラディシュ人、ジャーナリストカメラマン、1流企業で働いている普通の会社員、登山家、夫婦でゲストハウスに住んでいる方々、落語家 などなど、本当にユーモアに富んだ人材ばかりだった。総勢40名ほどは同じハウスに住んでいた。
頻繁に週末にはパーティーが開かれていたが、私は本当に休みがなかったので、約2年半住んでいたうちせいぜいパーティーに参加したのは1、2回くらいだったかと思う。
皆、私の生活を気にかけてくれたし、給与の高い深夜の仕事を好んで入れていた私が毎晩家を出る頃には皆が喫煙所兼、皆の憩いの場的な玄関先から見送ってくれた。朝早く家に帰ってくる帰宅時は皆が会社などに出かける時間帯であったが、「行ってきます」「おかえり」を言い合う、たったそれだけのことなのに、なんだか家族や兄弟のような感覚を取り戻させてくれる雰囲気があった。
もちろん共同生活なので、喧嘩もあったし、色恋もあったが、それをうまくまとめていたのは管理人の存在だった。外国人たちの扱いもうまかったし、何より私が日中家にいて、昼から夕方まで寝るという昼夜逆転生活の良き話し相手にもなってくれていた。
年齢は私よりも全然上なのだが、彼にとっては遅めの朝食、私にとっては寝る前の夕食という不思議な食事会を私のために開いてくれていたのは今でもすぐに思い出せるし、誰も信用できなくなっていた、常に怒りのエネルギーで何もかも乗り越えようとしていた私を彼だけでなく、このゲストハウスのお兄さん、お姉さんたちは私を包み込み、彼らの経験を話し、色々と学ばせてくれる存在であった。彼らがいなければ私は1300万円貯金は成し遂げられなかっただろうし、どんなに仕事が辛くてもゲストハウスという特別な存在があったからこそ気持ちの切り替えがうまくできていたのだと感じる。
