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スター・ウォーズ/オリジナル・トリロジー(備忘録的感想)

地上波でスター・ウォーズのEP4が放送され、その翌日と翌々日にBSでEP5とEP6が連夜で放送された。
以前はEP4~6の3部作を「トリロジー」と呼んでいたが、今は「オリジナル・トリロジー」と呼ぶらしい。
先日日本で行われたセレブレーションジャパンで、2026年に「マンダロリアン・アンド・グローグー」の公開が発表されており、それに合わせての放送だろう。

EP4のアメリカ公開年が1977年、すでに半世紀近く経過しているが、ストーリーの斬新さに改めて驚かされる。
この頃はまだCGが映画に取り入れられたばかりでもちろん粗も多いのだが、それでもスター・デストロイヤーやデス・スターの描き方は、今見てもまったく古臭さを感じない完成度である。
タトゥイーンのアクションシーンではCGもほとんど使用されていないと思われるが、逆に今ではあまり見られない特撮ならではの臨場感が感じられる。

またEP5からEP6にかけて、スカイウォーカー家の歴史が少しずつ明らかになるのだが、この展開も絶妙だ。
EP1からEP3の内容を知っているとダース・ベーダーの心の裏側が見えてくるようで、特にEP6のラストでルークに託したレイアへの「愛している」と言うセリフは、心に深く染み入ってくる。

今回オリジナル・トリロジーを見るまで、C-3POは元々アナキンが廃品から作ったドロイドで、おそらくそれが3PO型ドロイドとして普及したのだと思うが、ダース・ベイダーは自分が作ったオリジナルのC-3POと邂逅していながらなぜ気づかないのか、と言う疑問があった。
しかしストーリーをしっかり追うと、EP4ではラストのオビ=ワンとのバトルシーンでほんのすれ違う程度、EP5の惑星ベスピンでは到着後すぐにC-3POはボバ・フェットに破壊されてしまうため、ダース・ベイダーとはほぼ顔を合わせていないことがわかった。
またEP4のオビ=ワン、そしてEP8でルークが最期に姿を消し、生きているのか死んでいるのかわからない表現方法に疑問を感じていたが、EP6でヨーダが明確に命が尽きたときに同じように姿を消していたので、そもそもジョージ・ルーカスが決めた設定だと言うこともわかった。

個人的には、ジョージ・ルーカスがガッツリ監督、脚本を担当したEP1~EP3(「プリクエル・トリロジー」と言うらしい)が好きで、完成度も高いと思っている。
それに比べて製作がディズニーに移ったEP7~EP9(「シークエル・トリロジー」と言うらしい)は、映像は素晴らしいもののストーリーを捻りすぎて面白くなくなってしまった。
J・J・エイブラムスは監督としての力量は素晴らしいと思うがストーリーテラーではなく、脚本を担当してはダメなのだと思った。

EP4は低予算だったらしいが、EP5とEP6はかなり予算をかけて作られたらしい(そのため、当時不況になったアメリカでは予算が付かなくなり、EP1の公開まで16年かかっている)。
ただ、現在でも見劣りしないEP4~6の完成度は、単純に予算をかけたから、ではないと思う。
その後も予算をかけた大作はいくつもあったが、それらがすべて評価されている訳では無い。
一番重要なのは、制作陣の才能と情熱なのだろう。
才能と情熱のある制作陣が予算をかけて製作すれば、完成度の高い作品になるのだと思う。
スター・ウォーズシリーズが、その事を実証していると言っていい。

冒頭にも書いたが、2026年には「マンダロリアン・アンド・グローグー」の公開が発表されている。
スピンオフ作品では「ローグ・ワン」しか評価されている作品はないが、配信の「マンダロリアン」は辛口のスター・ウォーズファンからも評価されているようなので、期待していいかもしれない。
映画公開前に、配信版の「マンダロリアン」を見ておく必要があるだろう。

その後も「Star Wars: New Jedi Order」の製作も発表されている。
「ハン・ソロ」の大ゴケで、製作発表されたもののお蔵入りになった作品も多いが、こちらもぜひ製作してもらいたいと思う。
できれば多くのファンが望んでいるように、EP7~EP9も作り直してもらいたい、とも思う。

48.スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望(再)
49.スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲(再)
50.スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還(再)

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ラーメンと競馬と映画がたまらなく好きです。 こんな辺境の文章を読んでいただきまして、本当にありがとうございます!