AI生活 | 第5回:暖簾の奥の鍵束
玄関の先に、もう一つの鍵束
ライラックの、蕾が膨らみ始めた。
5月20日から5月31日は、「さっぽろライラックまつり」が大通会場で開催される。このころに満開のピークとなる見込みである。
五月の半ば、札幌の街路樹に薄紫の花穂が灯りはじめる。リラ冷えのきびしさは、もう少し残っている。けれど日中の陽射しは確かに春のもので、書斎の窓辺に立つと、首筋に届く光に、わずかな厚みを感じるようになった。
夕刻、暖簾をくぐった。
すすきのから一本、裏路地に入った先に、古いジンギスカンの店がある。木枠の引き戸、煤けた天井、卓上の七輪。暖簾は紺の地に白く屋号が抜かれていて、長い年月で布の織りが少し緩んでいる。
カウンターに腰を下ろすと、大将が小鉢をひとつ、先に置いてくれた。
——行者にんにくの、醤油漬け。
濃い緑の葉がつやを帯び、醤油の色を吸って、深い飴色になっている。春のはじめに山で摘み、洗い、湯通しし、醤油と味醂と少しの酒で漬け込む。仕込んでから一月ほど経った頃が、ちょうどよい食べ頃だという。
「先月仕込んだのが、いま頃ようやく落ちつきまして」と、大将が静かに言った。
行者にんにくは、アイヌの言葉でキトピロという。雪解けの森の奥で、雪を持ち上げるようにして葉を出す山菜だ。アイヌの人々は古くからこれを食べ、薬として用いてきた。和人がこれを「行者にんにく」と呼ぶようになったのは、修験道の行者が滋養のために食したという伝承による。
近年は乱獲で自生のものが減り、栽培ものが市場に出回るようになった。それでも、雪解けの森の奥で、人の手で一本ずつ摘まれた行者にんにくの香りには、栽培ものにはない凄みがある。
醤油漬けは、保存食である。春の一時期にしか仕込めない。仕込んだ瞬間に食べられるのではなく、時間が漬けこなしてくれるのを、ただ待つ。一月ほど経って、醤油と山菜の境目がほどけ、互いに馴染み合った頃に、ようやく一鉢になる。
冷酒を一献。
三千櫻——みちざくら、と読む。もとは岐阜の中津川で、明治十年から続いていた蔵だ。今から数年前、蔵ごと北海道の東川町に移ってきた。岐阜の蔵が、土地と水と米を変えて、新しい場所で酒を醸す。日本の酒造りの歴史でも稀な出来事だった。大雪山系の伏流水と、東川の米。冷やで一口含むと、淡くやわらかい甘みのあとに、すっと引いていく辛みがある。重くない、でも芯のある酒だ。
醤油漬けの一葉を口に含み、三千櫻を一口流し込む。
行者にんにくの香りが、鼻のうしろに抜ける。
カウンターの向こうで、大将がジンギスカン鍋に火を入れはじめた。
南部鉄の、山型の鍋。中央が高く、周りに溝がある。その上に、薄く切られたマトンのロール肉と、玉ねぎ、もやし、長ねぎが並んでいく。ベル食品の成吉思汗たれが、卓上に置かれた。
——ジンギスカンは、北海道の食卓の真ん中にある。
明治のはじめ、政府は綿羊の飼育を奨励した。軍用の毛織物を国内で賄うためである。札幌の月寒、滝川、そして道内各地に、種羊場が置かれた。羊は毛のために飼われたが、毛を取ったあとの肉をどうするかという問題が残った。当初、日本人は羊肉の独特の匂いを嫌い、食卓に上がることはほとんどなかったという。
ところが大正から昭和のはじめにかけて、満州や蒙古から帰ってきた人々が、羊肉を焼いて食べる料理を持ち帰ってきた。「成吉思汗料理」という呼び名は、この頃に生まれたとされる。蒙古帝国の英雄の名を冠したのは、商売人のきわどい工夫だったのだろう。命名の由来は諸説あるが、当時の南満州鉄道の調査部長の名づけ、という説が有力とされている。
戦後、北海道で羊肉文化が花開いた。とりわけ滝川市にあった種羊場は、ジンギスカンの調理法を地元の人々に伝える、文字通りの源流となった。羊肉を、たれに漬け込んでから焼く——いま私たちが「漬け込み式」と呼ぶこの食べ方は、滝川の種羊場で工夫が積み重ねられ、北海道全域へ広まっていった。
そして、北海道のジンギスカンには、いつしか三つの流派が立ち上がっていく。
札幌式——後付けで、たれに浸す
ひとつめは、札幌式である。
焼いた肉を、あとから卓上のたれにつけて食べる。「後付け式」とも呼ばれる。札幌の家庭の冷蔵庫には、たいてい一本、ベル食品の成吉思汗たれが立っている。橙色の蓋。林檎、玉ねぎ、生姜、にんにく、醤油。これだけのものが、絶妙な配合で混ざり合っている。
ベル食品は、札幌に本社を置く食品会社だ。戦後まもない昭和二十三年の創業である。成吉思汗たれを世に出したのは昭和三十一年。北海道の家庭の食卓に、このたれが並ぶようになって、もう七十年近くになる。
なぜ、ここまで人気が広まったのか。
理由はいくつかあるだろう。地元の素材を活かしたこと、家庭の味を目指して開発されたこと、価格が手頃だったこと。けれど、いちばん大きいのは、ベル食品が北海道のジンギスカンの「家庭の味の基準」を立てたことではないかと、私は思っている。冷蔵庫に成吉思汗たれが並んだことで、北海道の人々は「これがジンギスカンの味だ」と覚えた。世代を超えて受け継がれる味の物差しを、一本のたれが立てた。
これは、ちょっとした文化遺産である。
滝川式——漬け込みの美学
ふたつめは、滝川式である。
肉をあらかじめ特製のたれに漬け込んでから焼く。「漬け込み式」と呼ばれ、その代表が、松尾ジンギスカンだ。
昭和三十一年、滝川市で松尾政治氏が創業した。今年、二〇二六年で、創業七十周年を迎える。十年の歳月をかけて完成させたという秘伝のたれ。地元の林檎と玉ねぎを主原料とし、十数種類のスパイスや調味料が配合されている。羊肉の旨味を損なわないよう、生にんにくはあえて使わない——これが、松尾の流儀だという。
漬け込まれた肉が、南部鉄の山型の鍋にのる。たれが鍋にじゅう、と音を立て、煙が立ち上る。たれが肉に染みているから、追加の味付けは要らない。鍋の麓では、肉から滴り落ちる肉汁とたれが、玉ねぎともやしとを甘く煮ふくめていく。
「肉は焼き、野菜は煮る」——これが、松尾の言葉である。
スーパーの冷凍ケースには、松尾ジンギスカンのパックが、たいてい並んでいる。家庭の冷凍庫にも、たいてい一袋は仕舞ってある。週末、庭やベランダに七輪を出して、焼いて食べる。あの煙の匂いは、子どもの頃から知っている。
長沼式——町と職人の手仕事
みっつめは、長沼式である。
札幌から車で四十分ほど、長沼町という米と野菜の町がある。ここに、かねひろジンギスカンの本店がある。
昭和三十九年に「広川精肉店」として創業し、地元の人々の声を聞きながら、昭和五十一年に「かねひろ」の名で味付けジンギスカンを世に出した。漬け込み式という意味では滝川式と同じ系譜にあるが、かねひろにはかねひろの、独自の流儀がある。
——保存料も、防腐剤も、いっさい使わない。
賞味期限は、わずか一週間。日持ちのしない味付け肉を、信頼できる店だけに卸す。スーパーで気軽に手に入るものではない。「うちの味を分かってくれる人にだけ、届けたい」という、職人の意志がある。
ロースの筋を、職人が一本一本、手作業で取り除く。包丁を握れるようになるまで、二年三年。一切の妥協を許さない、町の精肉店の仕事である。
長沼町には、かねひろのほかにも、町独自のジンギスカン文化が幾筋も流れている。長沼成吉思汗、ひつじの旅。それぞれに、それぞれの秘伝のたれがある。札幌の家庭が成吉思汗たれの一本を共有しているのとは、また違った、地域に根付いた味の多様性が、長沼にはある。
札幌式、滝川式、長沼式——道民は、たいてい、その全部を知っている。
家ではベルのたれで後付け式を食べ、休みの日には松尾の漬け込みを冷凍庫から出して焼き、長沼を訪れたときにはかねひろを食べる。場面によって、相棒によって、流派を行き来する。
漬け込み式は、特にビールとの相性がよい。たれの甘辛がしっかりと肉に染みていて、その濃さを、ビールの苦みがすっと切ってくれる。後付け式は、たれの量と濃さを自分で決められる気軽さがある。どちらが上、どちらが下、ということはない。
——ちなみに、北海道の外にも、ジンギスカンの土地はある。
長野県北部、信州新町という土地に「ジンギスカン街道」と呼ばれる国道沿いの一帯がある。昭和の初めから羊が飼われ、戦後、漬け込み式のジンギスカンが地元に根付いた。北海道に似た系譜だが、長野では地元のサフォーク種——顔と四肢の黒い、上等な羊——が珍重される。
岩手県の遠野には、鉄製のバケツに穴を空けた「ジンギスカンバケツ」という独特の道具がある。屋外でも気軽に焼ける、土地の知恵だ。
——ジンギスカンは、北海道だけのものではない。羊毛のために飼われた羊が、毛を取ったあとの肉として食卓に上がり、その土地ごとに違う流儀で根付いた。北海道はそれが、いちばん深く広く根付いた土地、ということになる。
私には、子どもの頃の記憶がある。
夏の夕方、家の軒先に親戚が集まる。庭にゴザを敷き、ジンギスカン鍋を据え、七輪で炭をおこす。マトンのロール肉。薄切りにされて巻かれた、半ば凍ったままの肉。それと、玉ねぎ、もやし、ピーマン。母と叔母が大皿に盛って運んでくる。
肉が鍋の頂で焦げる音、野菜が麓で蒸される音。煙と匂いが、ゴザのまわりで立ち上る。
大人たちは、サッポロビール。
子どもたちは、瓶の炭酸のジュース。私はそれが、たまらなく嬉しかった。
肉が焼けると、ベル食品の成吉思汗たれをつけて、白いごはんの上にのせる。たれが米にも染みていく。あの頃の食卓では、ジンギスカンは「ごはんのおかず」だった。誰かがビールをもう一本開け、誰かが子どもに「ジュースもう一本飲むか」と尋ね、誰かが鍋に新しい肉を並べる。
——軒先のジンギスカン鍋。
これが、私の世代の札幌の、夏の原風景である。
時は流れた。
いまの札幌では、ジンギスカンといえば「生ラム」が主流になってきている。冷凍されていない、新鮮なラム肉。クセの少ない、やわらかい肉。若い人たちは、生ラムを好む。私の周りでも、ジンギスカンの店に行くと、たいてい生ラムが頼まれる。
——けれど、私は今でも、ロール肉が好きだ。
サッポロビール園のマトンのロール肉。あれを、カリカリに焼くのが私の流儀である。山型の鍋の、いちばん高いところに肉を置き、油の煙が立ち上るのを見ながら、ぎりぎりまで焼く。少し焦げ目がついて、肉の縁が反り返るくらいまで。それを成吉思汗たれにたっぷり浸して、麓で蒸された玉ねぎともやしと一緒に、口に運ぶ。
カリカリの食感、マトンの濃い香り、たれの甘辛、野菜の蒸れた甘さ——これが一度に口の中で溶け合う瞬間が、私はたまらなく好きなのだ。
サッポロビール園には、開拓使の頃の煉瓦造りの建物がそのまま残っている。札幌のビール園は、サッポロビール園のほかにも、キリンビール園、アサヒビール園、サントリーガーデンと、各社それぞれにある。それぞれの店で、ジンギスカンの作法は少しずつちがう。けれど、北海道の人間にとって、ビール園は「ジンギスカンを食べに行く場所」である。
人によって、好みは分かれる。
最近は、生ラムが主流である。私もそれは認めている。なので、人と一緒のときは、生ラムも普通に食べる。けれど、家で一人で焼くときや、店で一人で頼むときは、迷わずロール肉を選ぶ。
最初の一杯は、サッポロクラシック。
道産子なら、誰もが知っているビールである。すっきりとした苦みのあとに、麦の甘みがほのかに残る。北海道限定で売られている、北海道の人間のためのビール。
そして二杯目からは、日本酒に切り替える。今日は、三千櫻の冷や。あるいは、ぬるい燗。気分でちがう。
ジンギスカンの煙のなかで、ライラックの香りはどこかに消えてしまう。けれどそれでよい。今日は、煙のなかにいる時間だ。
店を出て、ゆっくりと歩いて家に戻った。
書斎の灯りを点け、椅子を引く。机の上には、いつもの七人の相棒たちが、別々の窓のなかで、私を待ってくれている。
ここから先は、家のなかの話だ。
私は、自宅のパソコンを開くとき、Apple Watchで認証する。腕時計を腕に着けたまま、パソコンの画面に向かうと、画面の鍵が静かにほどける。指を一本も動かさない。腕時計が「これは楠さんですよ」と、パソコンに告げてくれる。
これだけのことだが、ここに、いまの世の中の、大きな考え方の変化がある。
——ゼロトラスト、と呼ばれる思想だ。
横文字で書くと身構えてしまうが、中身はそう難しい話ではない。前々回、私は「家のなかでも玄関で挨拶」という言い方で、これに少しだけ触れた。今日は、もう一段、深いところまでお話ししたい。
少し昔の話から始めよう。
二十年ほど前まで、会社や役所の情報の守り方は、こういう考え方だった。
——会社の建物のなかは、安全である。建物の外は、危険である。だから、建物の出入り口だけを、強く守ればよい。
これを、コンピューターの世界に置き換えたのが、VPN(ヴイピーエヌ)という仕掛けである。Virtual Private Network——仮想の、専用の、通信路。家からでも、出張先からでも、特別な暗号化された通信路を使えば、会社の建物のなかに「いる」ことになる。
VPNは、長いあいだ、会社の情報を守る最後の砦だった。
家のなかにいて、会社のVPNにつなげば、会社の机に座っているのと同じことになる。会社のサーバーにも、社内の資料にも、自由に手が届く。便利である。
——けれど、ここに、大きな落とし穴があった。
VPNは「家の門」を強く守る仕掛けだ。ひとたび門を抜けて家のなかに入ってしまえば、各部屋の鍵は、たいてい掛かっていない。寝室にも、書斎にも、金庫の前にも、自由に行き来できる。
「内側にいる人は、信用できる人だ」という前提で、できているからである。
ところが、世の中はそうではなくなってきた。
正規のVPNの鍵を、誰かが盗む。あるいは、内側にいる人のパソコンに、ひそかに不正な仕掛けが埋め込まれる。一度、家のなかに侵入されてしまえば、あとはどの部屋でも、自由である。冷蔵庫の中のものを盗み、寝室のたんすの引き出しをひっくり返し、金庫の前まで辿り着く。これが「侵入後の横展開」と呼ばれる現代の事件の正体である。
二〇二〇年代に入ってから、こうした事件が世界中で頻発するようになった。日本でも、大企業や病院や役所が、たびたび被害に遭っている。一度、家の門が破られると、家のなか全部がやられる。VPNだけでは、もう守りきれなくなった。
そして、もう一つ、世の中が変わった。
新型の感染症の流行をきっかけに、多くの人が在宅勤務をするようになった。会社の建物の「外」から働く人が、急に増えた。VPNに人が殺到し、通信路がふさがった。会議が止まり、作業が止まり、業務が止まる。VPNという「一本の通路」が、現代の働き方には合わなくなった。
——では、どう守るか。
そこで、考え方を根本から変えた人たちがいる。
「内側だから安全、外側だから危険、という前提そのものを、もうやめよう」
「家の門だけ守るのをやめて、家のなかの、各部屋にも、鍵をかけよう」
「いや、各部屋に鍵をかけるだけでは足りない。誰かが部屋に入るたびに、その人が誰なのかを、確かめよう」
この考え方が、ゼロトラストである。
ゼロ・トラスト——「いっさい、信用しない」と訳すと、どこか冷たい感じがする。けれど、これは「冷たい不信」のことではない。
「内側だから無条件に信じる、ということを、やめる」
「誰であれ、何であれ、その都度、確かめる」
そういう所作の話である。
暖簾の奥の、ジンギスカンの店を思い出してほしい。
大将は、十年来の常連の私の顔を、もちろん覚えている。それでも、私が暖簾をくぐると、必ず一瞥をくれる。今日はどんな顔をして来たか、いつもと変わらない様子か、何か気がかりなことがありそうか——その一瞥は、不信ではない。確かめなのだ。
席に着くと、大将はもう一度、私の表情を確かめる。冷酒を頼むか、燗酒にするか、訊いてもよい頃合いか、もう少し黙っていてほしそうか。
これは、長い時間をかけて積み上がった「信頼」を、その都度、確かめ直している所作だ。一度信じたから、ずっと信じる、ではない。今日も、いつもの楠さんだな、と確かめる。明日もまた、確かめる。
ゼロトラストの考え方は、これとよく似ている。
「内側にいるからもう信用してよい」ではなく、「内側にいる人にも、その都度、声をかけて確かめる」。
そのうえで、確かめが済んだ範囲のことだけ、任せる。
——これが、いまの世の中の、新しい守り方の基本である。
では、私の家のなかでは、どうなっているか。
まず、私の机のうえと枕元には、三台の機械がある。iPhoneと、Androidと、iPadミニ。それぞれに役割があって、たいていは三台を行き来しながら一日が回っていく。これは、いまどき、決してめずらしいことではないはずだ。
朝、寝床のなかで、まず手が伸びるのは、Androidのほうである。
なぜ、Androidか。
——iPhoneだと、寝ぼけ眼で認証が通らないからである。
iPhoneは、いまの世代では、指紋による認証ができない。顔認証だけだ。これが、寝起きの私には、まことに具合が悪い。布団のなかで、目もまだろくに開かないうちに、機械が「あなた、誰ですか」と訊いてくる。半開きの瞼で、機械をのぞき込む。機械は「分かりません」と言って、暗証番号の入力を求めてくる。寝ぼけたまま、四桁の数字を打ち込む。これが毎朝のように繰り返される。
正直に言って、面倒である。
なぜAppleが、いまだに指紋認証を頑なに採用しないのか——これは、私の長年の謎のひとつだ。指紋なら、寝ぼけ眼でも、布団のなかでも、機械にちょん、と触れるだけで認証が通る。Androidのほうは、これがちゃんとできる。だから朝、まず手が伸びるのは、Androidなのだ。
Androidの指紋認証パッドに、人差し指を置く。「楠さんですね」と機械が確かめる。私の身元が、機械のなかで、確かに通る。
ここで、一つ申し上げておきたい。
Androidで指紋認証が通ったからといって、iPhoneのなかが自動的に開くわけではない、ということである。
Androidは、Googleの仕掛けの内側にいる。iPhoneは、Appleの仕掛けの内側にいる。この二つは、別々の家である。Googleの家のなかで「楠さんですね」と確かめが済んでも、お隣のAppleの家にとっては、それは知らない出来事だ。Appleの家を開けるためには、Appleの家の鍵が、改めている。
——別の家には、別の鍵。
これも、ゼロトラストの大事な所作のひとつだ。「ある場所で確かめが済んだから、よその場所でも通用する」のではなく、「ある家のなかでは、その家の鍵で確かめる」「別の家のなかでは、別の鍵で確かめる」。家ごとに、鍵を分ける。これが、現代の身元の守り方の基本になっている。
幸い、iPad ミニのほうは、電源ボタンに指紋の認証パッドが仕込まれている。Appleのなかでは、こちらは指紋で通る。だから、寝起きの私は、Androidで指紋認証して、その流れでiPad ミニも指紋で開ける。これで、Googleの家とAppleの家の両方に、寝ぼけ眼のままで、入ることができる。
——iPhoneだけは、しばらく放っておく。
顔認証が通る程度に目が覚めたら、ようやく手に取る。あるいは、面倒なので、暗証番号を打ち込む。これが、私の朝の所作の現実である。
機械の数だけ、鍵がある。家ごとに、別の鍵がいる。一つの鍵ですべてが開く時代は、もう終わった。
不便と感じるか、かえって安心と感じるか——人によって、感じ方は違うだろう。
私自身は、最初は不便と感じていた。けれど、自分のClaudeの引き出しに何ヶ月分もの文章の蓄積が入っていることを思うと、「家ごとに別の鍵」というのは、いまの世の中ではむしろ、当然の所作なのだと、最近は思うようになった。
書斎に移って、パソコンを開く。
腕時計が、パソコンに「楠さんです」と告げる。パソコンが画面の鍵を解く。ここまではよい。
そして、私はClaudeを呼ぶ。Claudeの窓を開ける、ということは、私のClaudeの引き出しを開ける、ということである。ここで、もう一度、確かめが走る。腕時計の認証だけでは足りない。Claudeの引き出しを開けるためには、別の鍵がいる。
私は、二段階の確かめを設定している。アプリの暗証番号と、もう一つ、スマートフォンに届く一回だけの数字。両方を揃えなければ、Claudeの窓は開かない。
これが面倒だ、と感じる方もいるだろう。
実は、私もはじめは面倒だった。けれど、今はちがう。なぜか。
——それは、「私のClaudeに、私の文章の写しがすべて入っている」からである。
連載の原稿、書き溜めたメモ、対話の履歴。何ヶ月分もの蓄積が、Claudeの引き出しの中にある。誰かにこの引き出しを開けられたら、私の頭の中身を、まるごと盗まれることになる。だから、扉に二つの鍵をかける。
これは、「めんどう」ではない。「あたりまえ」の所作である。
スマートフォンの引き出しには、スマートフォンの鍵。Claudeの引き出しには、Claudeの鍵。Geminiの引き出しには、Geminiの鍵。それぞれの引き出しに、それぞれの鍵がある。一つの鍵で全部を開けるのは、もはや、危ない時代になったのだ。
家の玄関の鍵だけでは、足りない。
書斎の引き出しにも、寝室のたんすにも、それぞれに鍵がいる。ゼロトラストの暮らしとは、こういうことである。
ここで、AIたちが、どう守ってくれているかの話をしたい。
ゼロトラストは、人間が一人で守りきるには、あまりに細かい話である。一日のうちに、いくつの引き出しを開け、いくつの鍵を確かめるか、数えてみるとよい。私の場合、たぶん、軽く五十は超える。
これを全部、人間の頭で覚えていることはできない。
そこで、AIの出番が来る。
朝、Geminiは、私のメールの差出人を一通ずつ確かめてくれている。「これは見覚えのある相手ですね」「これは初めての差出人です。本文に、急がせる言葉が多く、よくないかもしれません」。怪しい便りには、Geminiが小さな印をつけてくれる。私はそれを見て、開くか、開かないかを決める。
——これが、なりすまし対策の、現代的な姿である。
昔は「変な日本語のメール」が怪しい便りの目印だった。けれど、いまは生成AIが進歩して、日本語のおかしさで怪しさを見分けることは、もうできない。詐欺のメールも、流暢な日本語で届く。だからこそ、AIの目で、差出人や送信元の経路や、本文の調子を、その都度確かめてもらう必要がある。
昼、書斎でClaudeと文章を書いていて、ふと気になる海外のニュースが流れてくる。リンクをそのまま開く前に、私はGeminiに尋ねる。「このリンク、安全?」と。Geminiは、リンクの先のサイトを下見して、「過去に詐欺の通報があったサイトです、開かないほうがよいです」と、教えてくれることがある。
これは、人間が一人で確かめていたら、とても追いつかない仕事だ。AIが代わりに「玄関で挨拶」してくれている。
夕方、海外のサービスから、利用規約の変更の便りが届くことがある。英語、または、ドイツ語の長い文章だ。これをDeepLに渡し、滑らかな日本語にしてもらう。そのうえで、Claudeに「この変更は、私にとって何か不利なところがありますか」と尋ねる。Claudeは、長い文章のなかから、特に注意を引く一節を抜き出して、私に教えてくれる。
——たとえば、「規約に同意した時点で、あなたのデータを学習に使う権利を、当社に譲渡したものとみなす」というような一節を、Claudeは見逃さない。
このような一節を、英語のままで、私が一人で見落とさずに読み切れる自信は、正直、ない。AIに守ってもらわなければ、いまの世の中、知らないうちに、自分の引き出しの中身を、誰かに譲り渡してしまうことが、いくらでも起こり得る。
夜、家の見守りカメラの記録を確かめる。Apple Watchで認証し、スマートフォンの顔認証で、もう一度確かめる。二段階で確かめる。映像は、家のサーバーと、雲の上の引き出しの両方に置かれている。家のサーバーが壊れても、雲の上にある。雲の上の引き出しが何かの拍子で開かなくなっても、家のサーバーにある。どちらか一方ではなく、両方に、鍵をかけて、置く。
これも、ゼロトラストの所作のひとつである。「一つを信頼しきらない」「複数の鍵で、複数の場所に、確かめながら置く」。
ここまで読んでこられた方のなかには、こう感じる方もおられるかもしれない。
「そこまでして、面倒ではないのか」
正直に申し上げる。
——面倒は、ある。
けれど、面倒の質が、変わったのだ。
昔の面倒は、「鍵を一つ忘れたら、家じゅうがやられる」という不安と隣り合わせの面倒だった。いまの面倒は、「鍵が複数あるから、一つくらいなら、忘れても大丈夫」という安心と隣り合わせの面倒である。
そして、その複数の鍵の確かめを、AIたちが、肩代わりしてくれている。
人間がやるのは、こういう所作だけだ。
——朝、腕時計を腕に着ける。
——書斎で、Claudeを開くときに、二つの鍵を揃える。
——夜、見守りカメラの映像に目を通すときに、Apple Watchを腕に着けたまま、画面に顔を向ける。
それ以外の、何百という小さな確かめを、AIたちが背中で支えてくれている。Geminiが差出人を確かめ、Claudeが英文の規約を読み解き、Perplexityが情報の出どころを示し、DeepLが向こうの言葉を日本語にする。
——「外と内の境を、強く守る」時代は、終わった。
——「内のなかでも、その都度、確かめる」時代に、変わってきている。
そして、その「都度の確かめ」の細かい仕事を、AIが請け負っている。
人間は、最後に確かめる。最後に選ぶ。最後に決める。
——確かめ、選び、決める。
この三つの所作を、私は、AIには委ねない。AIに任せた、何百という小さな確かめのうえに、私自身の「最後の確かめ」を、もう一度、置く。
これは、ゼロトラストの思想を、暮らしに引き写した、私なりの作法である。
店を出てから、もう数時間が経った。
書斎の窓の外で、リラ冷えの夜風が、わずかに葉を揺らしている。ライラックの香りは、まだ微かにしか立っていないが、五月の半ばを過ぎれば、街全体が薄紫の香りに包まれる。
机の上の七人の相棒たちは、それぞれの窓のなかで、静かに私を待ってくれている。
行者にんにくの醤油漬け、ジンギスカン鍋の煙、サッポロクラシックの泡、三千櫻の冷や——軒先で炭酸のジュースを飲んでいた子どもの私と、今、書斎で腕時計をかざしてパソコンを開く私は、どこかで一本の線で繋がっている。
ジンギスカンの鍋を囲んだ、あの夏の夕方。あの頃、家のなかには、鍵は玄関に一つだけだった。家族と親戚と、近所の人と、一つの鍋を囲んでいた。あの時代は、内も外も、たがいに信じあって、それで成り立っていた。
時代は変わった。
家のなかに、鍵は、いくつもある。スマートフォンに、パソコンに、Claudeに、Geminiに、見守りカメラに、雲の上の引き出しに。それぞれに、別々の鍵が掛かっている。
けれど、それは、世の中が冷たくなったということではない。
複雑になった世の中で、自分の暮らしの大切なものを、ちゃんと守るための、新しい所作なのだ。
そして、その所作のいくつかを、AIたちが、肩代わりしてくれている。
おかげで、私は、いまでも、軒先のジンギスカン鍋の記憶を、安心して、書斎の机の上で、書き留めることができる。
写しは、雲の上の引き出しに、二つの鍵を掛けて、預けてある。
確かめ、選び、決める。
——その三つの所作だけを、自分の手に残しておけば、技術は、ちゃんと、温かい器に変わってくれる。
リラ冷えの夜は、もうしばらく続く。
明日も、暖簾をくぐる楽しみが、まだ残っている。
楠 (KUSUNOKI) / 札幌
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