欲求が決壊するとき
時々、何かをしないと気が済まなくなることがあります。
試験前で勉強しないといけない時に、なぜか机の上を掃除したり。
電車の時間が迫っているのに、どうしてもガスコンロの火を消したか確認したくなったり。
他にやるべきことがあるのに、やたらと気になって仕方がない。そして、最後にはやってしまう。
こういう心境を、個人的に「欲求の決壊」と呼んでいます。
僕は他の人に比べて、どうやら決壊が多い方らしいです。決壊を防ぐには、欲求を我慢するか忘れるしかないですが、僕にはそれが難しいです。
この性格のために、困ることはたくさんあります。ノー勉で試験に挑んだり、電車を乗り過ごしたことは何度もあります。
それでも、決壊にはポジティブな側面もあると思うのです。
決壊した欲求はとても高い確率で満たされます。
試験前に掃除した机は、大晦日に掃除した時よりも綺麗になります。細かいところ隅々まで、手入れが行き届きます。
高い圧力で抑えつけられていたものが、自由に溢れ出るときの力です。
自由というのも、大切なのだと思います。決壊するような欲求は、決意してやろうと思ったものではないはずです。理屈は分かりませんが、自然と、心の中に溜まり続けたものです。
だから、その欲求に従って行動する時、何も頑張る必要はないです。至って自然体です。
今このnoteを書いているときも、「文章を書こう」なんて思っていないです。欲求の決壊について、自分の考えをまとめてみたいと思って、仕事を放り出して書いています。
そろそろ、文章の締めにはいる頃合いです。
あぁ、めんどくさいなぁ。
急に冷静になってきました。努力が必要になりました。ここから先は読者への義務として文章を書くからでしょうか。
近頃、村上春樹さんの『職業としての小説家』という本を読んでいます。そのなかで、小説家にとって一番大事なのは、小説を書き続けることだと書いてありました。その気持ちを持ち続けるのが大変難しいと。
村上春樹さんのように、長年小説を書いている人は、きっと小説を書きたい欲求が溜まっていく人たちなのでしょう。
そして、欲求が決壊したときに、小説が生まれる。
さて、仕事に戻ります。仕事の中で、決壊するような欲求を探します。大きな成果が、そこから生まれることを願っています。
