【小説】笑顔の扉 第一部 ⑦
第十三章
放課後、六人でファミレスに来た。
源以外の五人にとっては、いつものファミレスだ。
「私もたまに来てたよ。会ったことなかったね」
源はそう言いながら、ソファー席の真ん中に座った。
向かいには下村がいる。
店員が注文を聞きに来た。
「ドリンクバー六つと、山盛りポテト三つ!」
いつものように大沢が元気に注文する。
「え、萌ちゃん、いつもポテト二つなのに」
下村が少し驚いて言う。
「一人多いから増やすでしょ。とりあえず以上で」
六人は立ち上がって、それぞれドリンクを取りに行った。
全員が戻る頃にポテトも届いた。
「はい、さっそくだけど、今日はバンド名決めちゃうよ。みんな考えてきたでしょ?」
そう言って源が周りを見渡すと、みんな少し下を向いた気がした。
「じゃあ一人ずつ発表!私から!」
源が元気よく口火を切った。
「『Sun Smile』!」
「へえ、明るそう!」
「朝陽ちゃんっぽいね」
「ちょっとアイドルグループみたい」
みんなが急に顔を上げて、好き勝手な感想を言う。
それほど悪くないという感じだ。
「どんどん行こう。次は新葉!」
「え、私?」
新葉は自信なさそうに、メモしてきたスマホの画面を見る。
「えっと…、『ドラムハート』」
「なんでドラムだけ?」
「いや…、全然思いつかなくて」
「新葉らしい」
みんな笑う。
さっきまでの緊張感が少し和らいできた。
「じゃあ次はサポートメンバーから出してみる?」
高部と大沢が顔を見合わせる。
高部がおずおずと発表する。
「私が考えたのは、『Stage』。そのままだけど、みんなが表現する大事な場所だから」
「えー、なんかさすが演劇部って感じ。いいじゃん!」
源が気持ちのいい感想を言う。
「じゃあ、次は私。『Canvas』ってどうかな」
「どういう意味?」
「このバンドはまだまだ真っ白で、これから何色にもなれるから」
「萌ちゃんらしい」
「みんなセンスいい」
「やっぱり横文字の方がバンドって感じがするね」
そして、続いて大矢が手を挙げた。
「私は…」
少し照れながら。
「『Clover』」
「おー!」
源が身を乗り出す。
「四つ葉じゃん!」
「そう。四人だから。あと、幸運をもたらすって意味も込めて」
「いい!」
「かわいい!」
「ロゴマークまで見えた!」
かなりの高評価だ。
さらに大矢が続ける。
「もう一個あるんだけど」
「え、すごいじゃん。どんなの?」
「『Four Seasons』。これも四人から考えた」
「えー、これもめちゃくちゃいいじゃん!」
「春夏秋冬のように、違う個性の四人でずっと続くようにっていう願いも」
「それもいい!」
「なんか意味聞いたら泣けてきた」
大沢が涙を拭くような動きをする。
少し興奮気味の源が言う。
「『Clover』って一言で言いやすいし、かわいくていいんじゃない?」
「あ、でもまだひよりんの聞いてないよ」
そう言って、新葉が下村の方を見る。
「ひよりんはどんなの?」
いつもにぎやかな下村が、なぜか他の子たちのアイディアに大きくリアクションすることなく静かに聞いていた。
新葉に振られた下村が、少し上目遣いで言う。
「…私も一個だけ」
「どんなの?」
「『クレッシェンド』」
場の空気が変わった気がした。
「クレッシェンド?」
「そう。音楽用語なんだけど」
「知ってる。テストに出てた」
「だんだん強くとか大きくって意味。今の私たちにぴったりかなって」
すると突然、大矢が前のめりになった。
「これがいい!」
滅多に人の意見を強く肯定しない大矢が、珍しく声を張って賛同した。
すると新葉も。
「私も」
大沢も。
「私も好き!」
高部も。
「青春って感じ!」
源が立ち上がった。
「決まりじゃん!」
おー!と自然と拍手が起こった。
下村は驚いていた。
ついさっきまで、みんなのアイディアを感心しながら聞いていた。
特に大矢が言った『Clover』。
響きが簡潔で覚えやすい。
かわいいうえに、しっかりと意味も込められている。
さすが大矢だなと思わされる。
「ねえ、ひよりん!」
源の声で我に返った。
「どうしたの、ぼーっとして。ひよりんの案に決まったのに」
「あ、ありがとう」
「ねえ、クレッシェンドってどうやって書くの?」
「スペルは多分c-r-e-s-c-e-n-d-o。譜面では『cres.』って短く書かれてる」
「いいじゃん四文字!」
源の声がどんどん大きくなっている。
「かわいい!かっこいい!」
大沢も盛り上がっている。
「えー、クレッシェンドのギター担当のアサヒです」
「いいねー!」
みんなが喜んでいる。
大矢も笑顔で拍手している。
バンドメンバーじゃない大沢と高部が、新葉とハイタッチしている。
それを見て、下村は胸が熱くなった。
これからみんなで、このバンドをどんどん強くしていこう。
第十四章
「まずは各自で練習してからみんなで集まらない?」
大矢らしいもっともな一言のおかげで、バンドを結成してからまだ一度も四人揃った状態で演奏をしていない。
結成から一か月が経ち、そろそろ二学期も終わりに差し掛かっている。
新葉はたまに家でお母さんに教えてもらっている。
休日は実際ドラムを叩いているが、平日は夜に少しだけクッションを並べて叩いている。
「リビングでクッション叩くのやめてくれない?」
年明けに受験本番を控える桜子が新葉に言う。
桜子はよくリビングで勉強しているのだが、自分の部屋ですればいいのにと新葉は思う。
しかも、今日は姉の親友の佐倉優も一緒に勉強している。
不満げな顔でソファーに寝転んでいると、桜子が問題集に目を落としたまま言う。
「モチベーション下がってきてるでしょ?」
「え、なに?」
「バンド。そろそろめんどくさくなってきた頃かなって」
「そんなことないよ。今もクッション叩いてたじゃん」
「クッション叩くのも上手くなってる気がしないけど」
「そりゃまだ始めたばっかだし。そんな早く上手くなるわけないし」
「ふうん」
また桜子は黙って勉強を続けた。
すると、佐倉が、こちらも問題集に目を落としたまま新葉に話しかけてきた。
「神頼みという手はある。上手くなりますようにって」
「え?ゆうちゃんって神様とか信じてるの?」
「神様とかは信じてないけど、脳の働きとか宇宙とか深海とか、まだまだ人間の手が届かないところに不思議ってたくさんあるんだよ」
研究者を目指している佐倉らしい言い方だ。
「なんだかよくわからない」
「視野を広げることって大事なんだよってこと」
「視野?」
桜子が口をはさんできた。
「バッハにお願いしてみたら?」
「バッハ?」
桜子と佐倉が顔を見合わせてクスクスと笑っている。
「ねえ、何なの?」
「知らないの?うちの学校の七不思議の一つ」
「七不思議って、そういえば秘密の部屋のことしか知らない」
「そうなんだ。あと六つもあるのに」
「で、バッハって何?」
佐倉が代わって説明する。
「音楽室にバッハの肖像画があるでしょ?あれにお願いごとすると叶うんだって」
「え?そんなことあるの?」
「しかも音楽に関するお願いごとには高い効果があるって」
桜子と佐倉はまたクスクスと笑っている。
「なんでゆうちゃんは知ってるの?」
「七不思議のこと調べてた時、昔の卒業文集に書いてあった」
「そうなんだ」
新葉は、やってみる価値はあるなと思った。
正直なところ、今のままでは来年の文化祭にすら間に合わない可能性がある。
「ゆうちゃん、ありがとう」
そう言って、いくつかクッションを抱えながらリビングを出た。
つづく
