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作品を作り始める前が、いちばん怖い|創作を続けても消えなかった不安

どうも、久我レイジです。

最近、新しいメタバースドラマの制作を始めるために、台本を開く時間が増えています。

撮影のことを考えながら画面を見ているのに、なぜか手が止まる。

何を撮るか。どう見せるか。どこまで今の環境で表現できるのか。

考えることはいくらでもあります。


僕はこれまでProject Aliveで『クロスロード』という作品を作ってきました。長い制作期間を経て、何度も撮り直しをして、途中には作品そのものが止まった時期もありました。

だから、新しい作品を始めることには、以前より慣れているはずなんです。

でも不思議なことに。

制作を始める直前になると、今でも少し怖い。

むしろ『クロスロード』を作る前より、怖さは増えているような気さえしています。


頭の中にある作品は、まだ一度も失敗していない

撮影を始める前の作品は自由です。

想像の中なら、どんな映像でも作れるし、役者も思い通りに動いてくれる。カメラも完璧な位置に置けるし、僕が想像した感情を、そのまま映像にできる。


そこにはまだ現実がありません。

ところが、実際にメタバースドラマの制作を始めると、一気に現実が入ってきます。

アバターが思ったように動かなかったり、カメラを置きたい場所へ置けなかったり、撮影してみたら台本では良かった場面が妙に長く感じたりする。

立ち位置や視線が少し違うだけで、考えていた画が急に違って見えることもあります。


想像していたときは格好良かった演出が、映像にすると全然格好良くないこともあります。

何度経験しても、これは結構つらい。

自分の中では完成していたものが、少しずつ崩れていくからです。

もしかすると僕が怖いのは、作品を作ることではなくて、自分が信じている完成形が現実に負ける瞬間なのかもしれません。

書いていて、そんな気がしてきました。

一度完成させれば、自信がつくと思っていた

『クロスロード』を作り終えたら、次はもう少し余裕を持って作れると思っていました。

少なくとも、最初の頃よりは。

実際、できるようになったことは増えています。


撮影の進め方も分かるし、どこで時間がかかるのかも以前より想像できる。失敗しそうな場所にも、ある程度は気づけるようになりました。

でも、それがそのまま自信になるわけではありませんでした。

経験が増えると、昔なら見えなかった問題まで見えるようになります。


ここは後で苦労するかもしれない。
この撮り方だと編集で困りそうだ。
このシーン、本当に伝わるだろうか。

以前なら勢いで進んでいたところで、一度止まることが増えました。

『クロスロード』でも、撮り直した場面は何度もあります。

台本を読んでいる段階では問題ないと思っていたのに、実際に映像にすると違和感が出る。そこで初めて、自分の中で考えていたものと、目の前にある映像が違っていたことに気づく。

そういう経験も残っています。


経験というのは、不安を消してくれるものだと思っていました。

でも今は少し違います。

経験は、不安の解像度まで上げてしまう。

知らなかった頃には怖がれなかったことまで、知っているから怖くなるんです。

だから、何本作ったら怖くなくなるのかと考えても、たぶん答えはないのでしょう。

「もう少し準備してから」は、かなり心地いい

制作を始める前は、やるべきことが無限に見つかります。

資料を集めることもできるし、技術を調べることもできる。台本をもう一度直すこともできるし、演出について考え続けることもできます。

どれも必要な作業です。
だから厄介なんですよね。


準備している間は、ちゃんと前へ進んでいるように感じられるからです。

僕自身、もう少し考えてから始めた方がいいんじゃないかと思うことがあります。

というより、実際には始めた方がいいと分かっていても、準備する方へ逃げたくなることがあります。


考えている間は、まだ失敗しませんから。
もちろん、本当に準備不足なら止まった方がいい。

ただ、『クロスロード』を作ってきて分かったこともあります。

実際にカメラを回さなければ見えない問題が、ものすごく多い。


台本を百回読んでも分からなかったことが、一度撮影すると数秒で分かることがあります。

人物をその場所に立たせてみて、初めて違和感に気づく。声が入って、初めて台詞の重さが分かる。

制作には、考えているだけでは越えられない境目があるんだと思います。

思い通りにならなかったものが、作品に残っている

ここまで書くと、頭の中の理想が現実によって壊されるのが制作のように見えるかもしれません。

僕も途中までそう書こうと思っていました。

でも、『クロスロード』のことを思い返すと、それだけでもない。

僕一人で思い描いていたものと、完成した『クロスロード』は同じではありません。

役者が演じることで、僕が想像していなかった感情が生まれたこともありました。


人が集まったことで、最初には存在しなかった空気が作品の中へ入ってきた。

撮影中の判断で変えたものもあります。

もちろん、思い通りにならなくて悔しかったところもあります。

それでも今振り返ると、最初の理想から外れたものが、必ずしも失敗だったとは思いません。

そう考えると、最初に書いた「崩れていく」という言い方も、少し違うのかもしれません。


作品は一人の頭の中で完成するものではない。

少なくとも、僕が作っているメタバースドラマはそうです。

作り始めると、最初に思い描いていたものから離れていく部分はあります。

でも、その途中でしか生まれなかったものも、『クロスロード』には確かに残っています。

これは少し矛盾しているようで、たぶん創作では普通に起きていることなんでしょう。

これからまた、新しい作品を作ります。

今回もきっと、最初に考えていた通りにはなりません。


撮影を始めれば問題も出てくるだろうし、自分の判断が間違っていると思う日もあるはずです。

それが分かっているから、始める前は怖い。

昔より怖くなった部分さえあります。

それでも、まだ頭の中にしかいない登場人物を実際の場所へ立たせ、最初の場面を撮らなければ、物語はいつまでも僕の中にしか存在しません。


作品を作り始める前が、いちばん怖い。
今はまだ、最初の場面も撮っていません。

たぶんその場所に登場人物を立たせて、カメラの位置を決めて、録画ボタンに手をかけた瞬間にも、少し迷うと思います。


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