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SNSの「返報ルール」に感じる違和感と、僕が大事にしたい純粋さ

どうも、メタバースで物語を紡ぐストーリーメイカーの久我レイジです。


SNSをやっていると、よく目にする「応援の返報ルール」誰かからいいねやコメントをもらったら、自分も返さなきゃ・・・。


表面的にはあたたかい文化に見えるけど、続けていると義務っぽさが出てきて、ちょっと疲れることもあります。


もちろん、この仕組みのおかげで人と繋がりやすくなったり、交流が広がったりする良い面もあると思います。


でも僕は「返したから」よりも「心が動いたから」の応援を大事にしたいタイプなんです。

今回は、そのあたりの違和感と、自分なりに大切にしている「純粋さ」について書いてみます。


活字を読むのは苦手・・・という場合は、
こちらのラジオ風音声でお楽しみください⬇️


SNS疲れを感じたら、応援は義務じゃなく、心が動いたときにすればいい

応援してもらえること自体は、本当にうれしいことです。


でも、その裏に「返さなきゃ」という空気があると、だんだん応援が「義務」に変わってしまうんですよね。


たとえば、
「昨日コメントもらったから、今日は返しに行かないと」
「あの人には何度もいいねしてもらってるし、放っておいたら悪いかな」

こんな風に「義務感のリスト」が頭の中にできていく。


すると純粋に「面白い!」「いいな!」と思って押したはずの反応が、いつのまにか「返さなきゃ」のチェック作業に近づいてしまう。


これって、やっている本人も楽しくないし、受け取る側もどこかで「やらせ感」を察してしまう気がします。

「やらなきゃ」と思う応援に違和感。SNS疲れを防ぐ僕のスタンス

もちろん、僕も返報ルールはやっています。
応援してもらったら返す。それ自体は大事な礼儀だと思うし、場の流れに従うこともあります。


でも、だからこそ時々「これって何か違うな」と感じることもあるんです。


僕は仲の深さに関係なく、コンテンツそのものが面白かったり心に刺さったりしたら、素直に「すごい!」「面白い!」と反応してしまうタイプ。

逆に、どんなに仲が良くても自分の心に響かなければ、無理に反応しないこともあります。


ただし「反応しない=冷たい」ではなく、別の形で関わったり、タイミングを見て応援することもあります。


応援って、仲が良いからとか義務だからじゃなく「心が動いたから」したい。
その気持ちを忘れないようにしたいんです。

応援は義務じゃない。SNSの返報ルールに縛られないつながり方

SNSでは、返報ルールがあるからこそ数字が伸びたり、人が集まったりする面も確かにあります。


でも長い目で見たときに本当に力になるのは「返さなきゃ」じゃなくて「心が動いたから」生まれる応援だと思います。


義務的に押されたいいねよりも、純粋に「いい!」と思ってもらえた一言の方がずっと心に残る。それが次の表現へのエネルギーになるし、続けていく勇気にもなる。


だから僕はこれからも、自分の心が動いたときに素直に声を届けていきたい。

応援は義務じゃなくて、気持ちから自然に生まれるもの。その瞬間を大切にしていきたいです。

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