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14万PVより、334件の言葉が残った

どうも、久我レイジです。

2026年7月29日で、僕が本気でnoteを書き始めてから1年になります。
少し早いのですが、noteのダッシュボードを眺めながら、この1年のことを考えていました。

7月23日時点で、全体ビューは140,060。
スキは11,658、コメントは334。

1年前の僕が見たら、たぶん驚くと思います。
14万PVなんて、始めた頃には想像していませんでした。
もっと大きな達成感があるものだとも思っていました。

もちろん、うれしいです。

読んでくれた方がいて、スキを押してくれた方がいて、わざわざ言葉を残してくれた方がいる。
僕一人で作れる数字ではありません。

ただ、14万という数字を見たとき、最初に浮かんだのは達成感だけではありませんでした。
よく、ここまで書くことがあったなと思ったんです。

いや、少し違う。

書くことがない日も、かなりあったなと。


noteを1年間続けても、迷わなくなったわけではない

本気でnoteを書こうと決めた頃、僕には伝えたいことがたくさんあるつもりでした。
Project Aliveを立ち上げ、メタバースドラマ『クロスロード』を作り、イベントも開催してきた。

作品制作の現場で経験したことなら、いくらでも書けると思っていたんです。
実際に書き始めるまでは。

でも、出来事があることと、それを文章にできることは別でした。

制作で悩んでいる最中は、まだ何が問題なのか自分でも分かっていない。
うまくいかなかった日のことは、わざわざ表に出したくない。
少し時間がたてば書ける気がして、そのまま忘れてしまうこともありました。

朝早く起きてnoteを開いたのに、何も浮かばない。

仕事から帰って『クロスロード』の制作画面を開き、ほとんど進められないまま閉じる。
そのあと記事を書こうとしても、頭の中に残っているのは疲れと焦りだけでした。

そういう日は、何度もあります。

1年間続けたと書くと、迷わず積み上げてきたように見えるかもしれません。
でも僕は、今も普通に迷います。

この記事は出す意味があるのか。
同じようなことを、前にも書いていないか。
誰にも読まれなかったら、朝から何をしているんだろう。

1年前より、文章を書くことには慣れました。

ただ、迷いが消えたというより、迷ったままでも書けるようになった。
たぶん、変わったのはそこです。

毎日ネタがあるから、書き続けられたわけではなかった

noteを続けていると、「毎日よくネタがありますね」と言われることがあります。
でも、毎日書いているからといって、毎日新しい出来事が起きているわけではありません。

メタバースドラマを制作している日もあれば、AIの使い方を試して終わる日もある。
何も完成せず、判断だけで時間が過ぎていく夜もあります。

以前の僕は、結果が出なかった日は発信する価値がないと思っていました。

作品が完成した。イベントが成功した。新しい企画を発表した。
そういう分かりやすい出来事がなければ、書くものがないと感じていたんです。

けれど、創作の大部分は、外からは見えない時間でできています。

採用しなかったアイデア。
決められなかった選択肢。

AIが出した案を見て、面白そうなのに使うのが怖くなった瞬間。
制作を効率化したはずなのに、監督として考えることが増えていった夜。

完成した作品だけを見せていたら、そこに至るまでの判断は消えてしまいます。
何を選んだのかだけでなく、何を選ばなかったのかも残らない。

noteを書くようになってから、僕はその途中を以前より見るようになりました。

今日、何ができたかだけではなく、なぜ止まったのか。
何に違和感を覚え、どうしてその案を選ばなかったのか。

書くために、無理やり意味を作っているだけではないか。
そう考えたこともあります。

今も、少し思います。

ただ、言葉にしようとしたから気づけたことがあったのも事実でした。
何も進まなかったと思っていた日にも、僕は何かを選び、何かを捨てていた。

それは制作記録というより、自分の判断の記録に近いのかもしれません。

『クロスロード』を作ることと、届けることの間で

僕は以前、良い作品を作れば、いつか誰かが見つけてくれると思っていました。
今も、作品の質が一番重要だという考えは変わっていません。

発信だけが上手くても、中身がなければ長くは残らない。
そこは、今でもそう思っています。

ただ、『クロスロード』を作り続ける中で、それだけでは届かないことも知りました。

どれだけ時間をかけても、知られなければ見てもらえない。
見てもらえなければ、作品に込めた感情も、制作に参加してくれた人たちの仕事も、存在していないのと近い状態になってしまいます。

この現実は、今でも少し苦いです。

創作者としては、作品だけに集中したい。
数字や集客のことばかり考えたくない。

もっと言えば、宣伝が上手い作品より、自分が本当に良いと思える作品が評価されてほしい。
そんな気持ちは、今もあります。

でも、発信を誰かの仕事として切り離せるほど、僕たちの制作には余裕がありませんでした。

だからnoteを書く。
Xでも伝える。YouTubeへつながる入口も作る。

最初は、どれも創作とは別の作業だと思っていました。
作品を作る時間を削って行う、宣伝のようなものだと。

この1年で、その境目はかなり曖昧になりました。

作品を作ることと、作品がなぜ生まれたのかを伝えること。
完成した映像を公開することと、そこへ至るまでの迷いを残すこと。

どちらも、作品を長く育てるために必要だった。

そう考えるようになったのは、noteを続けた影響が大きいと思います。

14万PVより、334件のコメントを覚えている

140,060ビューという数字は、やはり大きいです。
11,658回もスキを押してもらえたことも、自分一人では作れなかった結果です。

ただ、この1年を振り返ったとき、僕が具体的に思い出すのは、ビュー数が伸びた画面よりもコメントの言葉でした。

自分も創作を続けてみようと思った。
同じように迷っていたので、少し気持ちが軽くなった。

メタバースドラマというものを初めて知った。

そうした言葉をもらうたび、僕が書いた文章は、僕の中だけで終わらなかったのだと感じました。
誰かの時間や考え方に、ほんの少し触れたのかもしれない。

334件という数字は、14万PVと比べれば小さく見えます。

でも、記事を読んだあとに、わざわざ時間を使って言葉を返してくれた回数です。
僕にとっては、かなり重い数字でした。

数字を目的にしないと言いながら、数字が伸びればうれしい。
読まれない日が続けば、やはり落ち込みます。

そこを格好よく否定するつもりはありません。

数字は、届いたかどうかを知るための手がかりになります。
けれど、それだけを追い始めると、自分がなぜ書いているのか分からなくなる。

この距離感は、1年たってもまだ難しいです。

書かなければ、消えていたもの

この1年で手に入れたものを一つ選ぶなら、14万PVではありません。
自分が何を考えながら作ってきたのか、その跡が残ったことです。

『クロスロード』の再制作で迷ったこと。
AIを使うほど、人間が決めなければならない部分が見えてきたこと。

良い作品を作るだけでは届かないと認めたこと。
新しい仕組みを作ろうとして、便利さより先に、自分の経験を残したくなったこと。

書いていなければ、たぶん多くを忘れていました。

僕は前へ進むことばかり考えて、通り過ぎた時間を振り返るのがあまり得意ではありません。
作品が完成すれば、すぐに次の企画へ進もうとする。

問題を解決すれば、そのとき何に悩んでいたのかも薄れていく。

でも、その迷っていた時間にこそ、次の作品を作る材料があったのだと思います。
うまくいかなかった日も、何も残らなかったわけではなかった。

7月29日で1年になります。

その日に、どんな数字になっているのかは、まだ分かりません。
たぶん僕は、いつもと同じように朝のnoteを開きます。

書くことが決まっている日もあれば、何も浮かばない日もある。
2年目になったからといって、急に立派な言葉が出てくるわけでもないでしょう。

それでも、画面の前で少し考える。

今日、消さずに残しておくものは何だろうと。


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