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台所を燃やす

朝一番にする事はヤカンを火にかけること。
前は台所の窓を開けてからヤカンを火にかけていたが今は夏でも開けない。

6年前の夏の終わり、いつものように台所の窓を開けてヤカンを火にかけた。
風が強い日でカーテンに火が燃え移りアッという間に天井まで火が上がった。

口を開いて、自分でなんとかしようと飲みかけのコップの水をパシャリとかけた時、前日の朝礼で上司が
「社会人になってから何度も言われていることだろうが迅速なほうれんそう(報告・連絡・相談)の重要性を再度認識してほしい」
と言ったのを思い出した。

階段の下から2階の父に出した声は情けない震え声で
「おとうさーん、燃えちゃったーー」だった。
そんな声なのに父は部屋から飛び出して階段を駆け下り
「なしてこうなったど!(どうしてこうなったんだ!)」と言いながらカーテンをビリビリとむしり取り足で踏み消した。
呼んでいない1階の別室で寝ている母も飛び出してきて「カーテンレール」をめりめりと引きはがし流しの水をかけた。
時間にして3分もたっていないかもしれない。
その間私はと言えばボウルに水を汲んでは父の尻に何故か一生懸命かけていてはっと気が付いた父が
「ちべてべ!なしておいの尻に水かけるど!(冷たいだろう。なぜ俺の尻に水をかけるんだ)」と言うので気が付いてやめた。
「気をつけねばな」と父はぽつりと言って2階に戻り母も無言で自室に戻った。
洗面所で顔を洗って鏡を見たら吐き捨てられたガムみたいな顔になっていた。
それから台所の窓を閉めてヤカンを火にかけてお茶を飲んで、会社に行った。

帰宅しても両親は何にも言わないしあれば夢だったのかなと思ったけど台所の壁には焼け焦げた跡があり、カーテンもなかったし、カーテンレールの残りは溶けていた。
このことで両親にその後何か小言を言われたことは今まで一度もない。
10年前に子どもを連れてうちに逃げ帰った時も両親は私を責めるようなことは一切言わなかった。

今でも天井に火が上がった光景を思い出すと竦んでしまう。
日が経ってから顛末を子供や友人にも話したけど、話しているうちにあまりにも自分が情けなくて、特に父の尻に水をかけているくだりでは必ず笑ってしまう。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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