台風「ドルフィン」が運ぶご縁
令和8年8月8日、IHMドルフィン30周年の記念パーティが竹橋のKKRホテル東京11階「孔雀」で行われた。創業者の吉野内さんと私が出会ったのは30年以上も前のことで、当時、IHMの江本勝所長のもとで研究所のスタッフとして水の結晶実験等にも携わっていた私が、波動相談に来られた吉野内さんの担当を偶々務めさせて頂いたのがファーストコンタクトであった。
まだ駆け出しのオペレーターであった私が、何をどうやったのかはまるで覚えていないが、測定に基づいて作成した波動水が、吉野内さんの心身に明確な変化をもたらしたらしく、その後、勤めておられた会社を退職されて、波動の世界に一気に飛び込まれたというのだから驚きである。
ちょっとした波動ブームがあった当時は、そういう思い切った行動を取る方も少なからずいらしたが、事業として30年続けて来られた方は限られていて、そこは、波動コードについて数霊という切り口から探究を深め、機器の開発も進めながら「数霊セラピー」の体系を完成させた吉野内さんならではの経営手腕によるところが大きいと思う。
そんなご縁で、パーティにも招いて下さった訳だが、平成8年8月8日に創業した会社の30周年が、ピタリと令和8年8月8日にシンクロするというのも見事で(参加者も88名だったらしい)、シンクロニシティと心の関係性について「13の月の暦」を通じて実践的に探究して来た私としては、志と時空がピタリと共鳴しているからこそ実現する現象だと思えるのである。
というのも、この888シンクロは、上皇陛下が譲位されたからこそ成立したもので、もし、従来通りのやり方が続けられていたら、今は平成38年ということになるからだ。888で初めた会社が888で30周年を迎えるには、自分の意志とは関係のない大いなる流れと共鳴す必要がある。
そう思うと、私が吉野内さんの波動相談を担当したのも単なる偶然ではなく、「数霊」を通じて波動コードの秘密を解き明かそうとした未来の吉野内さんと、比率を通じて世界の本質を見出そうとした未来の私が、「そこしかない!」というタイミングで(遡って)出会うようになっていた、と考えることも出来るのである。
常識的に考えると相当ヘンテコな話だが、「13の月の暦」を通じて、以下のようなシンクロを日常的に30年以上体験し続けている私の感覚からすると、自然とそういう見方もあると思えてしまうのだ。
まず、令和8年8月8日は、「13の月の暦」でも「赤い銀河の月(8・月)」という年の「白い銀河の風(8・風)」という日で、銀河の音8(銀河)で、見事にコード化されている1日であった。吉野内さんは1959年2月4日生まれのKIN42(3・風)が誕生キンで、67歳現在の「運命の道筋」はKIN57(5・地球)。銀河の音5(倍音)のトーテムは「孔雀」なので、会場の「孔雀」とも完璧にシンクロしていた。
一方、KIN241(7・竜)の私は、パーティ前日に260日暦が生まれてから80回巡ったタイミングで、その4日後に57歳となった。「13の月の暦」が持つ「260:364」という比率が、和歌に見られる「5:7」と同じ比率であることが、『古事記』の世界から今に連なる皇室とこの暦のシンクロ率の高さに関係している可能性があることを、私は『自分で感じ、自分で決める13の月の暦』の中で触れている。

そこには、ちょうど「孔雀」の間からよく見える皇居東御苑で行われた大嘗祭の事も書かれていて、その時の今上陛下の「運命の道筋」が、KIN121(4・竜)であったことも記されている。

KKRホテル東京の住所は「千代田区大手町1-4-1」で、8月8日時点での(残り4日だけの)私の「運命の道筋」KIN141(11・竜)とシンクロしており、それはハーモニック・コンバージェンスのあった1987年に発見された超新星1987aの発見キンでもあった。その日付は、1987年2月23日(KIN141)で、何と今上陛下の27歳の誕生日当日だったのである!
パーティ当日、沖縄に接近していた台風13号に「ドルフィン」という名前が付されていたのも、私にとっては二重の驚きであった。一つは、IHMドルフィン30周年にシンクロしてやって来た台風が「ドルフイン」という名前で、「13の月の暦」にも通じる「13」号であったこと、もう一つは、6年前に同名の台風が巡って来た時に生まれたのが、レインボー・i®︎の「ぴちぴちドルフィン体操」であったということだ。
台風の名前というのは、国際機関「台風委員会」の加盟国が予め用意した140個の名前を発生順に付けて行くこと決められており、140個使い終わるとまた1番目に戻るという形で循環しているのである。2020年(令和2年)9月21日に(台風12号)が接近した時に閃きと共に生まれたのが「ぴちぴちドルフィン体操」で、それが後に心身共鳴統合システム・レインボー・i®︎の中に組み込まれたのである。
IHMドルフィンの30周年記念に合わせて台風「ドルフィン」が日本に接近していて、140回(6年)前に同じ「ドルフィン」が日本に接近した時に「ぴちぴちドルフィン体操」を生み出した私がそのパーティ会場に居るのだから、時空はお祝いとして、この体操を皇居東御苑が見える孔雀の間で皆と一緒に行うことを望んでいるのだろう。私はそう理解して、頂いたスピーチの時間枠の中で実際にそれを行ったのだった。
しかも、140には「140=20×7=28×5」という関係があり、「20の太陽の紋章」が7回巡ると「13の月の暦」の5ヶ月と綺麗にシンクロすることを意味する。また、パカル王墓室発見に繋がった「碑銘の神殿」の中央パネルの碑文は140文字であり、ツォルキン中央「神秘の柱」の銀河の音の合計も140で、その「神秘の柱」はKIN140で終わる。
先述の通り、今上陛下が大嘗祭を行われた時の道筋は、「神秘の柱」の一番上KIN121(4・竜)で、パーティが行われたKIN242(8・風)は、ちょうどその2倍という関係にもなっていた。そして、その「神秘の柱」をカバーデザインに活かした『からだの使い方の黄金比』が、パーティから19日後の8月27日(KIN1)に生まれ、そこには「3つの基礎体操」の一つとして「ぴちぴちドルフィン体操」が紹介されているのである。

一体、誰が台風「ドルフィン」を、このような完全なタイミングで日本にもたらし、今上陛下の誕生日と超新星爆発と会場の住所を同期させ、「神秘の柱」と同じ数の台風名を用意し、陛下が「神秘の柱」の始まりであるKIN121で即位される流れを生み出し、これら一切の解読に役立つ「13の月の暦」が地球に届けられるよう采配したのであろうか?
こうした問いに対して、私はいつも「宇宙や時空がそれを望んだから」と心の中で答えるのだ。そして、時間は過去から未来にだけではなく、未来から過去にも、場合によっては全部同時にも配列されて、一枚の絵のように世界を生み出すのではないだろうか?そんな風にも思うのである。(D)
追記:台風12号ドルフィンがやって来た9月21日は安倍晋三元首相の誕生日で、そこから260日後の6月8日は私たちが二子玉川に越して来た記念日(2004年金星太陽面通過日)で、そこから更に260日後、つまり安倍元首相の誕生日から520日後の2月23日が今上陛下の誕生日(そして超新星爆発の日)という関係性がある。
月の月12日 8・星(KIN8)
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