「この人にまたお願いしたい」と思う理由。ベビーシッターさんのレポートから学んだ、人との向き合い方
スリランカ滞在記の途中だが、不在中に依頼したベビーシッターさんの対応からとても感銘を受けたので、こちらも記しておきたい。
8日間のスリランカへのアーユルヴェーダの旅の間、毎日19-21時でベビーシッターさんを依頼していた。
しかも不在期間に、息子くんが通う園では平日丸一日お休みの日があったので、その日は夫も仕事の都合がつかず、シッターさんと義母に丸一日お願いすることに。
Kids Lineアプリでベビーシッターさんをお願いしているのだが、サポートが終了するとその日の様子をまとめたレポートをいただける。
多くの場合、
「○時に起きました」
「○○で遊びました」
「お昼ごはんを食べました」
「○時に寝ました」
といった、その時の出来事とちょっとした息子くんの様子や繰り返しお願いしているシッターさんなら、成長の変化も時々教えてくださる。
もちろん、それだけでも十分ありがたい。
でも、今回メインでお願いしたシッターさんのレポートは、少し違っていた。
読んでいて、「この人は、息子くんを“預かっている”だけじゃなくて、“ちゃんと見てくれている”」と感じたのだ。
そして、私はこのレポートから、子どもとの向き合い方だけではなく、仕事やコーチングなど、人と関わるときに大切なことを教えてもらった。
「何をしたか」ではなく、「どう感じていたか」を見ている
1週間のスリランカ滞在中のある日、息子くん用にベランダに水遊び用のプールを準備していてのだが、シッターさんから遊びに誘われても「行かない」と首を横に振って息子くんは断ったそう。
せっかくだからとシッターさんも何度か誘っていただいたようで、それでも嫌がったようだ。
ここだけを切り取れば、「プールには行きませんでした」という一文で終わる話だと思う。
でも、このシッターさんはそこで終わらなかった。
「じゃあ私だけ見に行ってくるね」と伝えて少し離れてみるとと、一緒に遊んで欲しかった息子くんが泣き出したとのこと。
その様子を見て、その日は無理に誘わず、室内で楽しく過ごすことを優先したと詳細の経緯まで書いてくださっていた。
つまり、
「プールに行かなかった」
という事実ではなく、
「息子くんは今、何を感じているのだろう?」
を見てくれていた。私はそこが、とても嬉しかった。
「できた・できなかった」だけではない
平日休みの日には、児童館を事前に予約していたので、義母と3人でタクシーで遊びに行ってもらった。
そこで息子くんはタイバンコクでトラウマになってしまった滑り台に挑戦したようだ。
息子くんは滑り台を見つけると近くまで行く。
でも、「怖い」ようでなかなか滑れない。
何度か挑戦しようとしては、
「やっぱり怖い」
と諦める。
それでもしばらくすると、「やってみよう」と思ったようで、自分から滑ることができた。そして、その後は何度も楽しそうに滑っていた。
らせん状のぐるぐる滑り台も、なかなか最初は勇気が出なかった。
でも何度も何度も見つめたり、近くに行ってみたりする。
「一緒なら滑る?」とシッターさんが尋ねると「うん」と頷き一緒に滑ることができた。
そして一度経験すると、今度は何度も「一緒に滑ろう」と手を引いて誘ってくれた。
この一連の出来事を、シッターさんは丁寧にレポートしてくださっていた。
「滑り台ができました」
だけではない。そこに至るまでの、
怖い → 近づいてみる → やっぱり怖い → もう一度考える → 挑戦する → できた → 楽しい
という心の動きまで見てくれていた。
私はこの視点がとても素敵だと思った。
子どもの「試行錯誤」をちゃんと見ている
息子くんが大好きなトーマスのプラレールで遊んだときのレポートも印象的だった。
線路を組みながら、
「ここにつけよう」
「こっちかな?」
と何度も本人が試す。うまくいかなければ、つなぎ直す。
線路を分解して、新しい道を作ってみる。
途中で電車が外れたり、倒れたりすることもある。
それでも諦めず、自分なりに試行錯誤を繰り返していた。
シッターさんは、それを「うまくできなかった」とは書かない。
「自分なりに試行錯誤を繰り返していました」と捉えている。
できた結果だけを見るのではなく、
「どう考えていたのか」
「どう工夫したのか」
「何度挑戦したのか」
を見てくれている。これは、子どもに限った話ではないと思った。
一番心に残った一文
今回のレポートで、更に感銘を受けたのは、シッターさん自身の振り返りだった。ある日のレポートには、
「今日私自身、息子くんが『今こうしたい』と思っている気持ちやタイミングを十分に汲み取れなかった」という趣旨のことを書いてくださっていた。私は、ここにプロフェッショナルさを感じた。
「今日はこれをしました」という業務報告だけではない。
「私は今日、この子とどう関わったのか」
そして、
「もっとできたことはなかったか」まで振り返っている。
相手を観察するだけではなく、自分自身の関わり方も振り返っている。
さらにそこには、私が1週間以上も家を離れ、息子くんと会えない期間であることから、息子くんの気持ち、そしてママの気持ちも想像してくれているのが分かる。
息子くんが寂しくないように、楽しめるように、そしてママには安心して過ごして下さいね、という優しさが伝わってくる。
だからこそ、次もお願いしたときには、安心してお願いできるだけでなく、また息子くんの気持ちや成長を見てもらえるのではないかと思えたのだ。
「またこの人にお願いしたい」は、何から生まれるのだろう
今回このレポートを読んでいて思った。
読んでいて情景が目に浮かぶようで、息子くんの表情までありありとイメージできるレポートに感動すると共に、このシッターさんにぜひまたお願いしたい!と思った。
私は「何をしてもらったから」またお願いしたいと思ったのだろう。
もちろん、たくさん遊んでくれたこと。
発達ゆっくり、発語のない息子くんの食事やお風呂など、生活面も感情まで丁寧に見て寄り添ってくれたこと。
それらももちろんある。でも、その前にベースとして
「この方は息子くんのことを、一人の大切な人としてちゃんと見てくれている」 という安心感が大きいのだと思う。
更に、相手の状況や気持ちを想像してくれている。そこには人に対する優しさが溢れている。
これらがレポートの文字からでも伝わってくるのだ。
「今日は○○をしました」という事実の羅列ではなく、
「今日はこんな表情をしていた」
「こんな気持ちだったのかもしれない」
「こんなときには、こうすると安心できた」
「こんなことに挑戦していた」
「私はこう関わった」
そこまで伝えてくれる。だから私は、
「私が見ていない時間も、息子くんをちゃんと見てくれていたんだ」
と感じることができる。
私の仕事にも同じことが言えるのではないか
私は本業では管理職をしていて、個人でも英語コーチング、キャリアコーチング等をしている。今回のレポートを読んで、自分の仕事を振り返った。
「今日はテキスト〇〇をやりました」
「今日はこの課題に取り組みました」
と見るだけでなく、
「前回はここで止まっていましたが、今日は自分で言い換えて最後まで伝えようとしていました」
「以前なら間違いを恐れて黙ってしまっていたところで、今日はまず話してみようとしていました」
そんな小さな変化を、ちゃんと見つけて伝えられているだろうか。
キャリアについても、
「転職したい」という言葉だけを見るのではなく、
「本当は転職そのものより、今の会社の中で自分の裁量をもっと持ちたいのかもしれない」
という、その人の言葉の奥にあるものまで丁寧に聴けているだろうか。
人は、「何をしてくれたか」だけではなく、「自分をどう見てくれたか」で信頼する
今回のシッターさんのレポートから、私はそんなことを考えた。
人にサービスを提供するとき、
「何をしたか」を伝えることはもちろん大切。
でも、それだけではなく、
「あなたのことを、私はこんなふうに見ていました」
を伝えること。そこに、サービスの価値がもう一段生まれるのではないかと思う。子育ても、教育も、コーチングも、部下育成も。
ポジティブフィードバックにも繋がる信頼のベース。
相手の行動だけを見るのではなく、その人が何を感じ、何を考え、どんなところで迷い、どんな小さな一歩を踏み出したのか。
そして、自分はその人にどう関わったのか。
そんなところまで見られる人になりたい。
今回のレポートたちは、息子くんの成長記録の中の宝物になり、「人と向き合う」ということを、改めて考えさせてもらった機会になった。
何より、「またこの人にお願いしたい」と思えるシッターさんに出会えたことに感謝✨
