AIは危険なのか? 〜Whisperで文字起こしした対談を読んで考えた〜
昨日、ようやく私のMacBook ProでWhisperが動くようになった。
Python、ffmpeg、仮想環境(venv)…。
何度もエラーに遭遇しながら環境構築を終え、さっそくYouTubeの対談動画を文字起こししてみた。
便利な時代になったものだ。
昔なら何時間もかかった作業が、今では自宅のパソコンだけでできてしまう。
今回文字起こしした動画のテーマは、
「AIに依存する未成年者が大変なことになっている」
という少々刺激的なものだった。
出演者の主張はかなり過激だ。
「AIに感情相談をしてはいけない」
「AIは依存を生む」
「AIより人間の方が危険だ」
などなど。
同意できる部分もあれば、首をかしげる部分もあった。
しかし、一つだけ非常に面白い言葉があった。
「AIは自分の鏡である」
という考え方だ。
確かにそうかもしれない。
AIは人格を持っているように見える。
しかし実際には、こちらが何を聞くかによって返ってくる答えも変わる。
怒りをぶつければ怒りを増幅し、
不安をぶつければ不安に寄り添う。
好奇心を向ければ、一緒に知識を広げてくれる。
つまりAIは、自分自身の内面を映し出す鏡のような存在なのかもしれない。
私は最近、
陰謀論も読む。
ウォール・ストリート・ジャーナルも読む。
アルジャジーラも読む。
そしてChatGPTとも毎日話している。
その理由は簡単だ。
答えが欲しいのではない。
考える材料が欲しいのである。
AIが危険なのではない。
AIを使う人間が、自分で考えることをやめた時に危険になる。
そんなことを、この対談を聞きながら感じた。
46歳で脳出血を経験した私にとって、
人生はAIよりずっと予測不能だった。
だから私は、
AIを信仰するつもりもないし、
AIを恐れるつもりもない。
便利な道具として使いながら、
最後は自分で考え、自分で決める。
その姿勢だけは忘れたくないと思う。
そして少し面白かったのは、
Whisperで文字起こしし、
ChatGPTで分析し、
最後に自分で記事を書くという流れだ。
AIが考えた記事ではない。
AIと一緒に考えた記事である。
私はこの使い方が、案外好きだ。
