趣味には、なぜ身分制度ができるのか
※以前アップした動画では、ジャズファン同士の「誰が好きか」という話をしていました。そこから考えていたら、趣味の世界には、なぜか身分制度のようなものができることに気づきました。
趣味というのは、本来自由なものです。
好きなものを好きなように楽しめばいいと思っています。
ところが、人が集まると、なぜかそこに身分制度ができます。
ジャズにもあります。
私がジャズを聴き始めた頃にも、
「そのミュージシャンを聴いているのは初心者」
「そこから先へ行くと、こっち」
「いや、本当に分かっている人は……」
みたいな、謎の階級がありました。
誰が決めたのか知りません(笑)。
そういえば模型にもありました。
中学生の頃、私は毎月『タミヤニュース』を読んでいました。
当時はガンプラが大流行していましたが、読者の投書などを読んでいると、スケールモデルを作る人たちの一部には、
飛行機、戦車、軍艦、車などのスケールモデル
>
アニメのロボット
みたいな空気があったように記憶しています。
同じプラスチック模型なんですけどね(笑)。
考えてみれば、これはいろいろな趣味にありそうです。
鉄道にもあるでしょう。
アイドルにもあるでしょう。
カメラ、オーディオ、車、時計、ワイン、映画、ファッション、登山あたりにも、きっとある。
しかも面白いのは、お金を使った人が必ず上になるわけでもないことです。
「高いものを買えばいいってもんじゃない」
という別の価値基準が登場します。
知識量。
経験年数。
希少性。
技術。
現場へ行った回数。
そして、マイナーなものを知っていること。
こうなると、趣味の世界には独自の通貨まであるような気がしてきます。
世間では何の役にも立たない知識が、その村へ入った途端、ものすごい価値を持つ。
そして、
「まだそこですか」
「私はもう、その先へ行きました」
みたいな顔をする人まで現れる(笑)。
趣味というのは、世間の競争や評価から離れて楽しむものだと思っていたのですが、人間はそこへ行ってまで、また新しい階級を作ってしまうようです。
面倒な生き物ですね。
とはいえ、私も知らないうちに誰かを上に置いたり、下に置いたりしているのかもしれません。
そして自分自身はどうなのか。
私は、こういう身分制度では、だいたい平民かそれ以下です(笑)。
