幸せな余韻、読書体験。
ぼーっとするのは気持ちいい。
何にも考えずに、いろんなことを手放して、ただただ時間の流れに身を任せる。
ずっと本を読んでいると、あちらの世界に旅しているものだから、実は結構精神力を使う。
いろんなものに想いを馳せて、ああなるほど、ふむ、そうか、と何度も頷きながらページを捲る。
私は本を読むのは、たぶん遅いほうだと思う。
私の周りには、月に何十冊も本を読む人が何人もいるが、本当にすごいと思う。
私が一冊読み終わるかどうかのタイミングで、その人たちはすでに3冊くらいは読み終えている。
めちゃくちゃ早い。
一体日常のどこにそんなに本をたくさん読める時間があるんだ?と驚きもするが、よく考えたら、本を読む時間なんて、人それぞれだ。
皆が皆、同じ日常を送っているわけではない。
本をたくさん読む時間がある人もあれば、日々仕事ややるべきことが多すぎて、なかなか読む時間が取れない人だっている。
たくさん読む時間がある人だって、毎日そうだとら限らないし、日によってはまったく読めないくらい忙しい一日になることだってあるはずだ。
本を読む時間なんて、そのくらい、本当に人それぞれだと思う。
確保できる時間すら、人それぞれなのだから、その中で本を読むペースなんて、もっと人それぞれなんじゃないだろうか。
読む時間も人それぞれ。読むペースはもっと人それぞれ。
そのくらい、読書は読む人の日常のリズムと密接な関係にあるのだと思う。
そう考えると、私の読書のペースは、とってもマイペースでゆっくりだし、あんまり飲み込みが早くないから、同じ箇所を何度も読み返すこともたくさんある。
ひとつのシーンを行ったり来たりしながら、ようやく理解して次に進めることもよくあるし、難しい言葉が出て来たら、いちいちスマホや辞書で調べたりもするので、なおさら遅い。
さらには、気になった言葉や、かっこいいと思った文章、心に響いた言い回しやシーンなんかも、いちいち付箋を貼ってノートに書き写しながら読むものだから、めちゃくちゃ遅い。
つまり、とっても要領が悪い。
完全に鈍行列車だ。
各駅停車が当たり前すぎて、全然進まない。
よって、読みやすい文章の本であれば、まだマシ。すらすらと読めるから、あんまりわからない語彙とかで詰まることがないからだ。
困るのは分厚くて難しい文体で書かれた本である。
これは難解だ。
読破すること自体は苦痛でもなんでもないけれど、とにかく時間がかかる。集中力がいる。とっても真剣に読まなければ、なかなか最後までは辿りつかない。
それでも、私は最後までちゃんと読む。
途中で投げ出したりしない。
ちゃんとひとつひとつの言葉を噛み締めながら、大切に咀嚼し、自分の言葉と織り交ぜながら、ふむふむとページを捲る。
その時間が何よりも尊い。
私にとっては人生のとても豊かな時間だ。
本をめくる。
難しい言い回しの言葉と出会う。
びっくりする。
知らないことばかりだから、頭も使う。
けれど、新しいことはわくわくする。
とても心が楽しい。
深みが増して、嬉しいが広がる。
そんな豊かな読書体験ができるのが嬉しい。
すごく精神力は使う。
でも、なんだろう。とても素敵な世界を旅できる。
こちらの世界にいながらにして、ページを捲れば、あちらの世界で、日頃絶対体験できないであろう世界を体感できる。
それがものすごく楽しいのだ。
心豊かな、読書体験。
大好きだ。
ぼーっとしている。
何にも考えずに、時の流れに身を任せている。
そんな力の抜けた時間が心地よい。
それはものすごく壮大で、素敵な本の旅から帰ってきたあとの、幸せな余韻である。
