時速28kmで動く点Pは時速28kmで動き続ける
大学院に行って,まず驚いた。
みんな,めちゃくちゃ話せる。
いや,ちゃんと目的持って来てるから当たり前なんだけど,
なんかもう「授業に参加してる」ってより
「それぞれの現場代表が集まって毎週ミーティングしてます」くらいの空気感。
こっちは特養勤務だったけど,周りには障害者施設の人,ジョブコーチ,NPOの人,盲導犬の人,専門学校講師,保育系から来た若者と,バラエティに富んだメンバーが勢揃い。
で,授業始まったら「障害分野ならこうですね」「うちの施設では〜」みたいなリアル話が飛び交う飛び交う。
先生のスライドは進まない。
でもそれがいい。
ディスカッションが本編。
学部時代はお通夜みたいな静けさでさ,ただ板書を写して終わりだったけど,
大学院で初めて学んでる!って感じがした。
当時はまだ喫煙者だったんで,
暗くなった食堂の横の灰皿の前で,
年上の喫煙仲間の同期達としょっちゅうしゃべってた。
仕事の話,研究の話,人生相談。
「私は離婚してさ~」とか。
「子どもがさ~」みたいな。
学生時代の同期とそんな話,したことある?
時々「私の子どもと結婚してくれない?」なんてお見合い案件も飛び出す
(ちなみにその子ども,私とタメ)。
研究も大事だけど,ここも大事な学びの場だった。
研究テーマは,重症心身障害者のリラックス状態を心拍で測るってやつ。
歌とか環境とかでどう変わるのかを探ったんだけど,
まずExcelに吐き出される心拍データが地獄。
心拍の波形って見たことあるよね?
基準が合って,上に行ったりしたに行ったりするやつ。
で,あれのエクセルデータがあるわけ。
0.01秒単位くらいのデータが,びっしり並んでるのよ。
0.132, 0.718, 0.32, 0.952, 2.381, 5.965・・・みたいに。
それで,心拍の動きに会わせて,数値が上がったり下がったりする,そんなのをイメージしてもらったらいい。
そこから心拍数を計算したり,心拍の間隔を計算して,それをちょっとした解析にかけたり,統計分析したりする。
0.01秒単位で数字がズラズラ並ぶ。
で,一番しんどかったのは「変数が多すぎる」ってこと。
例えば音楽を流してリラックスできてるか調べたいとする。
ある日はリラックスできてなかった。
じゃあ音楽のせいか?
いやいや,今日は暑かったのかもしれないし,
体調悪かったのかもだし,
朝食のパンが焦げてたのかもしれないし,
そもそもその曲に元カノとの思い出が……とか,
もう全部ありうる。
あと,センサー貼る位置がズレただけでデータ乱れるし,
ちょっと腕動かしただけでノイズ祭り。
やるたびに違う結果が出る。
やってみるたび,毎回結果が変わってくる。
あたりまえなんだけど。。。
数学の世界にいた私は,頭を抱えた。
よくみんな,こんな統制できない世界で,研究なんかできるなと。
数学の世界は,一つ定義があれば,それはゆるがない。
そして,条件にないことはおこらない。
時速28kmで動く点Pは,ありがたいことに永遠に時速28kmで動き続けてくれる。
実はこの日は雨が降って,とか,渋滞に巻き込まれて,なんていう不測の事態は一切発生しない。
そういうイデアの世界で学問をしていた私は,
現実世界での学問に非常なショックを受けた。
現実世界では,不測の事態が多すぎる。
でも実際に私たちは,その不測の事態が多すぎる現実世界に生きていて,
いろいろ予測したりもしているわけで。
そしてその予測のもと,仕事をしたり,プライベートでも遊んだり。
なかなかすごいことをしてるんだなと,あらためて気づかせてもらった。
修士2年目のある日,指導教員に言われた。
「あなたがやってるのは,心理だからね」。
……あ,そうなん?
みたいな感じで,調子乗ってその気になって博士課程に進学決定。
当時の大学院には博士課程がなかったので,
指導教員に別の大学を紹介してもらって,そちらにひょいっと移籍。
心理学のことはほとんど知らなかったけど,研究室訪問したり,話したりして,「じゃあ受け入れるよ」と言ってもらえた。
あまり知られていないかもしれないけど,
大学院に進学するときは,受け入れ先の先生の内諾をもらうのが常識。
先生も学生がやりたい研究を指導できるか,見極める必要があるからだ。
「ただし,試験に受からないとどうにもならないからね」
と釘も刺されつつ,過去問もらって猛勉強。
「ヒルガードの心理学」っていう「これは枕か!?」という分厚い英語の本を,受験までに3回読んだ。
人生で一番勉強した。
大学受験より,はるかに勉強した。
むしろ当時の私はよくそれで大学入れたな?って思うくらい。
面接当日。
「寝たきり高齢者の心理を,生理データから探りたいです」
と伝えると,教授のひとりが苦笑いしながら言った。
「それって……心理なんですか?」
しばしの沈黙。
その時のことははっきり覚えてない。
ただ,めちゃくちゃテンパったのは覚えてる。
なんか苦しい言い訳をしたと思う。
そのとき,一番気難しいと噂の教授がぽつり。
「いや,私は心理だと思うよ。とても」
あれがなかったら,私は受かってなかったかもしれない。
この“それって心理?”の先生,
後に私の良き理解者になってくれるんだけど,それはまた別のお話。
ちなみに私は,首席で合格した。
受験者3名,合格者2名。
そのうちの1人が私。
でも“首席”は“首席”なので,いまだに名乗ってます(れっきとした事実だから)
点Pは安定しているが,現実世界は混沌としている。
大学院に進学してからの私の人生は,
さらにさらに混沌としていた。
人生は,時速28kmのこともあれば,160kmを超えることもあり,そして-50kmと逆走することもある。
でもだからこそ,人間はおもしろい,ということにも気が付いた。
