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婚姻届を出したわたしたちがいつか夫婦になるまで

区役所に婚姻届を提出したら、わたしたちは夫婦になると思っていた。

どうやら、そういうことではなかったらしい。

相談して決めた日に、2人の名前を並べた紙を提出して、大好きな寿司を頬張りながら受理される瞬間を待ち、向かった窓口で「おめでとうございます」と声をかけてもらったとき、「わたしたちは今、みくりさんと平匡さんなのだ!」とドラマのワンシーンを思い出して高揚した。

いよいよ!とか、ついに!みたいな、特別な気持ちにはなったけれど、今日からこの人がわたしの夫なのだ、彼とわたしは家族なのだという実感が、突然湧いて出てくることはない。


だから、夫の友人の結婚式に2人そろって招待してもらったときは、「なんか、夫婦っぽいね」と言い合って喜んだ。夫婦として扱っていただくことに、ミーハーじみた新鮮さを感じたのである。

とある日には、スーパーから帰ってきた夫が、「いいもの買ってきた」と袋を掲げた。じゃじゃーんと言わんばかりに見せてきたのは、棒アイス数本入りの箱。「箱のアイスってなんか、家っぽくない?」そう言って冷凍庫を開ける夫の背中に、「たしかに」とつぶやいた。

とまあ、そんな調子である。1年と半年が経った今も、わたしたちの生活にはそれっぽさが転がっている。そして、わたしはふと、夫が毎日この部屋に帰ってくることを不思議がったりするのだ。



とはいえ、2人で生活していることの手触りを感じる瞬間だって、なんてことない日常の中で不意にやってくる。

例えば、昼下がりのベランダで。

物干し竿にバスタオルやTシャツを引っ掛けたハンガーをかけ並べ、夫のジム着、わたしのパジャマなど、それぞれの洗濯物が一緒くたにゆらりと揺れるのを見たとき、「わたしたちは一緒に暮らしているのだ」と初めて胸にきた。

一方、違うからこそ実感する2人暮らし、というのもある。

大阪で一人暮らしをしていたとき、慣れたものは安心するからという理由で実家と同じ柔軟剤を使っていて、2人暮らしが始まっても当然それを使い続けるものだと思っていた。

ある日、夫が「新しいの、いろいろ試してみようよ」と言ってまったく違う種類の柔軟剤を買ってきた。なるほど、たしかに彼にとって、わたしの実家の柔軟剤には何の思い入れもない。もとのも良かったのになと少しだけ不服に思いながらも、いくつかの種類を試した末に、夫とわたしの嗅覚が一致。

毎日の柔軟剤は今、2人で決めた定番の香りがある。

違うことを思い知って、一緒に考え直し、増えていく2人の定番。そうやって、ホテル暮らしのような気分だったこの部屋が少しずつ、我が家になっていく。


そんな我が家の愛おしさが膨らむ、お気に入りの眺めというのも、日を重ねるごとに増えていく。体調を崩したときの冷蔵庫の中身もそのひとつだ。

東京に来てからというもの、もう5回は熱を出しただろう。自己管理がうまくいっていないのか、まったく褒められたことではない。

またまた風邪をこじらせた先日、連絡を受けて仕事も飲み会もいつもより早めに切り上げて帰ってきた夫。肩にぶら下げた袋には、R-1にポカリスエット、それから栄養剤。これらは夫にとって定番の風邪対策であり、三種の神器と呼ばれている。

他にも食べやすそうな食べ物たちの中に、オレンジジュースとアイスの実だけは2つずつ買ってあった。

電話越しに「欲しいものはあるか」と聞かれて、わたしがお願いしたものだ。同じものがちんまり、2つずつ。アイスの実は丸い氷菓子がたくさん入っているので、「2パックも食べられない」と言いかけて、やめた。

だるい体を引きずって、夫なりの愛が詰まった冷蔵庫を開けて見るたび、言いようのない温かさに包まれる。引かれたほうは大変迷惑であるが、たまに引く風邪も悪くない。

ちなみに、わたし流・冷蔵庫に詰め込む愛というのもあって、そのうちのひとつが「夫が飲むビールを買ってストックしておくこと」だ。


婚姻届を提出した日から1年と数ヶ月分の生活を重ねて、わたしたちはほんの少しくらい、夫婦に近づいているのかもしれない。

いつか自然に「夫婦だね」と思い合うことができたとき、どんな2人になっているのだろう。もっともっと長い時間を過ごして、安心が新鮮さを超えたとき、何が変わり、何を変えずいられるのだろうか。

まだ知らない違いもきっとたくさんあって、喧嘩だってするだろう。それでも、一緒に生活する家が、2人にとって帰りたい場所になればいい。

今は、自分たちなりの生活をつづけていこうと思う。

いつだって、同じ柔軟剤が香る洗濯物を同じ風に揺らし、冷蔵庫にはそれぞれの愛を詰め込んで。


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