『地熱の奇跡』の刊行にあたって
島沢優子さんが書かれた『ファジアーノ岡山「地熱」の奇跡』という本が、2026年4月24日に発売されます。
島沢さんはこの本を書くにあたって東京から岡山に移住し、1年以上かけて60人以上に取材をされたそうです。
誠に、誠に、恐れ多きことなのですが、私も取材対象の一人にしていただき、本に登場させていただきました。
私がファジアーノと出会ったのは2005年なのですが、そういう時代からファジアーノと関わることができたのは、本当に運が良かったと思います。
人間には、人生を左右するようなターニングポイントが、一生のうちにだいたい3回ぐらいはあるのではないかと思うのですが、私の人生においてファジアーノと出会えたのは、そのうちのひとつに数えられるような大きな出来事でした。
そうやって、ちょっとだけ早くファジアーノと出会えた私ですが、当然のことながら、それよりもずっと前にファジアーノを生み出した人がおられましたし、私より後にファジアーノと出会った人たちにも、たくさんの愛情や情熱をもってファジアーノを育んできてくれた方がいます。
古参とか新参とかで比較するのはまったく無意味だと思っていて、今回、私が島沢さんに取材をしていただいたのはたまたまのことで、この本に登場しなかった方も含めて、ファジアーノは本当にたくさんの人たちによって育てられてきました。
例えば。
かつて、北長瀬の空き地からスタジアムまでシャトルバスが運行されている時期がありました。
そのとき、サポーターをバスに乗せて、バスを見送る役割のボランティアスタッフの方がおられました。
スタジアムの歓声すら聞こえない遠くの地で、ファジアーノのために孤独にボランティアをしてくださっていたのです。
試合前のピッチに白線を引く方もいます。
当たり前すぎて気が付かないけれど、この人がいないと試合ができません。
汗が吹き出るような真夏に、ファジフーズの焼き鳥を焼いてくれる方がいます。
Jリーグに誇るスタジアムグルメ「ファジフーズ」のあの熱気は、フーズ売り場の一人ひとりの方が生み出してくださっています。
試合前にピッチ看板を搬入してきれいに並べ、試合が終わったら撤収してくれる方もいます。
スタジアムの医務室に詰めている看護スタッフもいます。
選手バスを安全に送り届けてくれる運転手もいます。
あと、ファジ丸。
お前がクラブの歴史の中で果たした役割は大きいぞ。
「15,000人のファン・サポーターで埋め尽くされたスタジアム」みたいな表現があると思うのですが、15,000人というのはガバっとした数字のかたまりではなく、ファジアーノとの出会いがあり、ともに過ごした時間があり、大切にしている思い出がある生身の人間一人ひとりが、15,000人集まっているということだと思います。
そして、その15,000人の外側には、北長瀬の空き地にいたボランティアスタッフや、スタジアム前広場で焼き鳥を焼いている人や、選手バスを運転する運転手さんがいます。
空間的な広がりだけでなく、時間的なつながりもあります。
チームのプロ化に踏み切ることになり、19名の選手が退団した2006年の年末。
実は、そのシーズンのメンバーでの最後の練習を、サポーター仲間と一緒に観に行ったことがあります。
確か、就実大学の体育館だったような気がします。
練習が終わって選手たちが解散するとき、当日キャプテンだった藤井一昌選手が言った言葉が忘れられません。
「ファジアーノをよろしくお願いします」
ちょっと雨風が吹けば飛んでいってしまうような、かよわき苗木のような存在だったファジアーノを、いろいろな人が手を差し伸べて、みんなで育ててきました。
お金を出す人もいたし、時間を使う人もいたし、知恵を出す人もいたし、技術を提供する人もいたし、人脈を提供する人もいたし、声を出す人もいたし、それぞれの人が自分のできることを寄せ合って育ててきたクラブです。
そういう無数の人たちによってファジアーノはつくられ、今や日本最高峰の舞台で岡山の誇りを背負って戦っています。
このことを、端的な一言で表現した人がいました。
2024年にファジアーノがJ1昇格を成し遂げたときの、竹内キャプテンの言葉です。
「誰ひとり欠けてもここには辿り着けなかった」
「リアルサカつく」のようだった地域リーグの頃、今のこの状況がいつかプロジェクトXみたいに語られたらええな、とサポーター同士で冗談ぽく言っていました。
『地熱の奇跡』はまさにそんな本だと思います。
そんな事があるか分かりませんが、もしも将来ファジアーノが大金持ちになったり、常勝軍団になったりして、私たちが「傲慢さ」や「驕り」を持つクラブになったとしたら、この本は私たちがどこからやってきたのかを思い出させてくれるでしょう。
そして、ファジアーノが大事にしてきた、無くしちゃいけないものや忘れちゃいけないものが、私たちの子どもや孫に語り継がれていき、100年続くクラブのDNAになればいいなと思います。
島沢さん、我々の歩んできた誇りを本にしていただき、ありがとうございました。
※この文章は他の記事とは異なり、AIではなく人間が書いています。
