君の好きな人になりたかった #1 ― 春、隣の席になった君 ―
あらすじ
高校一年の春。
主人公・朝比奈蒼は、隣の席になった白石美月に恋をする。
しかし、美月には好きな人がいた。
その事実を知った蒼は、自分の想いを胸にしまい、友達として彼女の恋を応援することを選ぶ。
相談に乗り、励まし、笑顔を見守る日々。
近くにいるのに、一番遠い存在。
言えなかった「好き」は、季節を重ねても消えることはなかった。
そして卒業から十年後、一冊のノートが、二人の止まっていた時間を再び動かし始める。
これは、伝えられなかった想いと、誰よりも近くにいた二人が辿る、十年越しの初恋の物語。
君の好きな人になりたかった #1
― 春、隣の席になった君 ―
春は苦手だった。
新しい教室。
新しいクラス。
知らない名前ばかりの出席番号。
みんなが少しだけ明るい顔をしている中で、
僕だけが置いていかれている気がした。
高校一年の四月。
朝比奈蒼は、
窓際から二列目の席に座っていた。
机の上には新品の教科書。
まだ開いていないノート。
そして、
少しだけ緊張している自分の手。
「ここ、隣?」
声がした。
顔を上げると、
一人の女の子が立っていた。
肩まで伸びた髪。
少し大きめの制服。
笑うと、目が細くなる。
「たぶん」
僕がそう答えると、
彼女は少し笑った。
「たぶんって何」
「まだ席、覚えてなくて」
「私も」
そう言って、
彼女は僕の隣に座った。
白石美月。
出席番号表に書かれていた名前を、
その時初めて覚えた。
「朝比奈くん?」
「うん」
「蒼って呼んでいい?」
急だった。
「……なんで?」
「朝比奈くんって長いから」
理由が雑だった。
でも、
その雑さが少しだけ心地よかった。
「じゃあ、白石さんは?」
「美月でいいよ」
彼女は当たり前みたいに言った。
その瞬間、
教室のざわめきが少し遠くなった気がした。
美月。
たった二文字の名前を呼ぶだけなのに、
なぜか少し照れた。
「じゃあ……美月」
僕が小さく言うと、
彼女は満足そうに笑った。
「よろしく、蒼」
その笑顔を見た時だった。
ああ。
たぶん僕は、
この子のことを好きになる。
そう思った。
理由なんてなかった。
ただ、
春の教室で、
隣の席に座った彼女が笑った。
それだけだった。
昼休み。
美月はすぐにクラスの女子たちと仲良くなっていた。
僕は弁当を食べながら、
その様子を少し離れたところから見ていた。
よく笑う子だった。
誰かの話をちゃんと聞いて、
相手が笑うと、
自分も嬉しそうに笑う。
そういう人だった。
放課後。
帰ろうとした時、
美月が僕の机の前に立った。
「蒼ってさ」
「ん?」
「人のこと、よく見てるよね」
心臓が少し跳ねた。
「見てない」
「嘘」
即答だった。
「今日、ずっと教室見てた」
「それは……緊張してただけ」
美月は笑った。
「そっか」
それから少しだけ間を空けて、
彼女は言った。
「私も、ちょっと緊張してた」
意外だった。
あんなに自然に笑っていたのに。
「全然そう見えなかった」
「見せないのが得意だから」
その言葉だけ、
少しだけ本音に聞こえた。
校門を出る。
桜がまだ少し残っていた。
風が吹くと、
花びらが二人の間を通り抜ける。
「家、どっち?」
美月が聞く。
「駅の方」
「同じ」
それから僕たちは、
なんとなく一緒に歩いた。
何を話したのか、
今では全部は覚えていない。
でも、
美月が笑うたびに、
春の風が少しだけ柔らかくなる気がした。
駅前で別れる時、
美月が振り返った。
「ねえ、蒼」
「何?」
彼女は少し照れたように笑った。
「明日も隣だね」
それだけ。
本当にそれだけだった。
でも僕は、
その日の夜、
何度もその言葉を思い出した。
明日も隣。
それが、
こんなに嬉しい言葉になるなんて知らなかった。
そして。
まだこの時の僕は知らなかった。
この春から始まる片思いが、
十年後の僕を、
もう一度泣かせることになるなんて。
(第2話へ続く)
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