ゴミ収集
実家を出て最初に暮らした、地方都市の住宅街にあるアパートでの話だ。
アパートから少し歩いた丁字路の角に、町内会指定のゴミ集積所があった。電柱の根元に青いカラスよけネットが張られ、風で飛ばないようにコンクリートブロックが二つ置かれている、どこにでもある集積所だ。
そこに、いつも朝早くから立っている初老の男性がいた。
色褪せた紺色のウインドブレーカーを着て、散らばったゴミ袋をネットの中に整然と押し込み、ネットの端を几帳面にブロックで押さえてくれていた。
近隣の住民は皆、町内会の熱心な役員か、綺麗好きな近所のおじさんだろうと思い、「おはようございます」「いつもありがとうございます」と挨拶を交わしていた。おじさんは言葉を発することは少なかったが、小さく頭を下げて会釈を返してくれた。
その異変を目撃したのは、住み始めて二年目の初夏のことだった。
その日は急な早朝出勤があり、燃えるゴミの日の朝六時過ぎに部屋を出た。
まだ人通りのない薄暗い住宅街を歩き、ゴミ袋を両手に持って集積所へ向かった。
角を曲がると、いつもの紺色のウインドブレーカーの背中が見えた。
おじさんは集積所の前に深くしゃがみ込み、ネットの下に両手を潜り込ませていた。
「いつも朝早くからご苦労様です」と声をかけようとして、数歩手前で足が止まった。
おじさんは、片付けをしていなかった。
他人が出した半透明の黄色い指定ゴミ袋の、固く結ばれた結び目を、細い指先で器用に解いていたのだ。
袋の口を広げると、おじさんは中に素手を突っ込んだ。
中から取り出されたのは、くしゃくしゃに丸められた使用済みのティッシュペーパー数枚と、惣菜のプラスチックパックから剥がされたラップの切れ端だった。
おじさんはそれを鼻先に近づけて匂いを嗅ぐでもなく、ただ無表情に見つめた後、自分が着ているウインドブレーカーの右ポケットへ、無造作にぎゅうぎゅうと押し込んだ。
左右のポケットは、すでに何かで異様なほどパンパンに膨らんでいた。
ジャンパーの裾の縫い目から、生ゴミのすえた汁のようなものが黒く染み出しているのが見えた。
靴底がアスファルトの砂利を擦り、小さく音が鳴った。
おじさんの手が止まった。
ゆっくりと、首だけがこちらを振り返った。
焦る様子も、恥じ入る様子も一切なかった。ただ感情の抜けた濁った瞳で、じっと私の顔を見た。
口元だけが、何かを咀嚼するようにかすかに動いていた。
おじさんは、手元に残っていた濡れた紙くずをポケットに押し込むと、解いたゴミ袋の口を、最初と同じように丁寧に固く結び直した。
そして、カラスよけネットを被せ、ブロックを二つ乗せて立ち上がった。
無言のまま、膨らんだポケットを手で押さえながら、住宅街の路地の奥へゆっくりと歩き去っていった。
その日を境に、おじさんは集積所に現れなくなった。
近所の人に尋ねてみたが、誰もあの男性の名前も、どこに住んでいるのかも知らなかった
