乾燥機のなか
去年の春、都内の築十年になる鉄骨造マンションの二階で一人暮らしを始めた。
玄関からキッチンへ続く短い廊下の途中に脱衣所があり、入居時に持ち込んだドラム式の洗濯機を設置していた。
その違和感に気づいたのは、住み始めて三週間ほど経った頃の深夜だった。
ベッドに入って部屋の明かりを消し、スマートフォンの画面を眺めていると、閉め切った脱衣所の中から「ピロリロリン」と、電子音が鳴った。
洗濯機の電源が入ったときの起動音だった。
誰かが脱衣所に入ったわけではない。
最初は、操作パネルのタッチセンサーが湿気や静電気で誤作動したのだろうと思った。あるいは、前の晩に無意識のうちに予約タイマーのボタンを押してしまっていたのかもしれないと考えた。
ベッドから起き上がり、脱衣所へ行って電源ボタンを長押しし、電源を切ってから再び布団に入った。
だが、翌日の深夜一時過ぎにも、同じことが起きた。
「ピロリロリン」と電子音が響いた直後、今度は「シューッ……」と、給水弁が開いて洗濯槽に水が注ぎ込まれる音が聞こえてきた。
慌てて脱衣所へ駆け込んだ。
洗濯機のパネルが青く点灯し、無人の洗濯槽の中に、ホースから勢いよく水が注がれていた。
コース設定のボタンは何も押していない。洗濯物も一切入れていない。空のドラムに、ただ水だけが溜まっていく。
背筋が寒くなり、壁の水道蛇口を固くひねって水を止めた。
そして、基板の故障で漏電でもしたら危ないと思い、洗濯機の電源コードを壁のコンセントから力任せに引き抜いた。
太い電源プラグが床に落ち、カランと乾いた音を立てた。
パネルの青い光が消え、脱衣所は完全に真っ暗になった。
プラグを抜いたのだから、絶対に動くはずがない。
明日、メーカーのサポートに修理を依頼しようと決め、脱衣所の引き戸を閉めてベッドに戻った。
午前二時を回った頃だった。
静まり返った部屋の奥から、音が聞こえ始めた。
「……ゴトン、……ゴトン」
重たい衣類を洗っている時のような、脱水前の鈍い回転音だった。
コンクリートの床を通して、微かな振動が足元に伝わってくる。
息を殺したまま、布団から抜け出し、脱衣所の前まで忍び寄った。
引き戸を数センチだけ、隙間を開けて覗き込んだ。
電源プラグは、壁のコンセントから抜かれたまま、床に垂れ下がっていた。
だが、真っ暗な脱衣所の中で、ドラム式洗濯機の丸いガラス扉の奥が、確かに動いていた。
電力を失っているはずの洗濯槽が、何か濡れた重たいものを巻き込みながら、一定の遅い速度で、滑らかに回転し続けていた。
「……ペタッ、……ペタッ」
ドラムが半回転するたびに、内側の透明なガラスに、水で濡れた何かが内側から平らに押し付けられる音が、規則正しく響いていた。
