アナウンス
数年前、北関東の地方都市で暮らしていた頃の話だ。
築年数の古い木造アパートの二階で、夜間に作業をするときは、いつも机の上に置いた小さな卓上ラジオを小さな音量で点けていた。
その地域のコミュニティFMや民放ラジオを適当に流していたのだが、深夜の二時半を回ると、多くの局が放送を休止し、サーッという砂嵐に変わる。いつもならそのノイズを合図にラジオの電源を切り、ベッドに入っていた。
初夏の、蒸し暑い夜のことだった。
二時三十分。番組の終わりの音楽が消え、スピーカーからザーッという一定のノイズが流れ始めた。
手を伸ばして電源を切ろうとした瞬間、ノイズの奥から「ピロリロリン」と、乾いた電子チャイムの音が小さく響いた。
続いて、無機質な女性の合成音声のような声が、平坦なトーンで流れ始めた。
『……こちらは、……防災課です。現在、……町三丁目付近において、巡回確認を行っております』
電波の状態が悪いのか、地名の部分だけがザザッと掠れて聞き取れなかった。
『……近隣の住民の皆様は、戸締まりを確認し、雨戸の内側に立たないようにしてください』
『……繰り返します。雨戸の内側には、立たないようにしてください』
プツリと音声が途切れ、再び元の砂嵐の音に戻った。
最初は、隣接する市や町の防災無線が、夜間の気象条件でたまたまFMの電波に混線したのだろうと思った。徘徊の高齢者の捜索か、野生動物の出没に関する注意喚起だろうと考えた。
だが、「雨戸の内側に立つな」という言い回しが、妙に喉の奥に引っかかった。
外に耳を澄ませてみた。
夜の住宅街は完全に静まり返っており、パトカーのサイレンも、広報車のスピーカーの音も一切聞こえない。
不気味になり、ラジオの電源をカチリと切った。
部屋の明かりを落とし、布団に入った。
私の部屋の窓には、木枠の古いトタン雨戸が嵌められていた。昼間の熱気を遮るため、雨戸はきっちり閉めてある。
目を閉じて、眠りに落ちようとした時だった。
外の雨戸から、音がした。
「……トントン、……トントン」
風で揺れている音ではなかった。何者かが外側に立ち、指の関節でトタンの表面を、一定の力加減でノックしている音だった。
音は、ちょうど大人が立ったときの、胸から顔あたりの高さから響いていた。
息を殺したまま、布団の中で動けなくなった。
「……トントン、……トントン」
ノックの音は、数分間にわたって一定の間隔で続き、やがて静かに止んだ。
雨戸の向こうから、何かがトタンの表面をゆっくりと撫でながら横へ滑っていくような、微かな擦過音だけが残った。
