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ヘリオトロープ|短編小説

指が触れそうな距離だった。
そこでいつも止める。理由は要らない。

一瞬だけ、呼吸が止まる。

君の目から涙が落ちた。

掬えない。それでいい。

近づけば、崩れる。
それくらいはもう分かっている。

その代わり、君のほうが動く。

いつもそうだ。

距離を詰めるのは、決まって君の側。

君が腕の中に滑り込んで来る。
それで十分だった。


触れている場所から、洩れてしまうと思うぐらい、鼓動が騒がしくなる。

なのに君は気にせず、声をあげずに泣いた。
その無視が、いつもズルかった。

そっと包む。
逃げられるほどの強さで。でもどこにも行かないように。
どうせ、君はいつも逃げない。



「またか?」
出した声は僅かに震えた。

君は答えない。
僅かに、肩が揺れた。
それで足りる。

ため息をつきながら、包む力を少し強くする。
そのまま手を頭に乗せてポンポンっと軽く叩く。ここに居ろって確認するみたいに。

「お前さ…相手を見ろっていつも言ってるだろ?」

「でも…だって。」
滲ませたような声を絞り出した君は、ぐしゃぐしゃの顔だった。

それを見たら相変わらず、心が揺れた。
囲いたくなる。
でもこの役目だけは、自分にしか許されていなかった。

「今回は何」
少し間が空いた。

「友達と、卒業記念にゲイバー行って。振られるとは思わないじゃん。
そっちのが…腕とお尻が柔らかいってさ」

いつも通り、予想外の振られ方だ。
ついつい息が漏れて肩が震えた。
彼女は鋭い目を向けてくる。

「解せぬって顔してるな」

「解せぬ以外何があるって言うのよ」

「…ほら。来るなら来い」
言葉にしておかないと、どこかで境界が曖昧になる。

君は、すぐにまた腕の中に収まった。

いつもいつも、ふらふら、ほっつき歩くくせに、気づいたらいつも帰ってくる。

「汚すなよ」
素っ気なく差し出す言葉と裏腹に
君の涙が、洋服にじわりと染みていく。
それを嫌だと思わない自分が、少しだけ面倒だ。

伝えるつもりはない。

腕の中の君を再度、抱きしめる。
逃げようと思えば逃げられるほどの強さで。
でも、今だけはどこにも行かないように。

「好きなだけ、こうしてろ」

君は、さっきよりも少し嗚咽を我慢せずに泣く。
その音は、後少ししたら寝息に変わって、また君はどこかへ向かう。

それでも、ここに戻ってくるなら。

それでいい、と思った。

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