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2人の指導者と病気が生んだ僕の夢③

こんばんは!みなさんお疲れ様です。
週の半ばということもあってなかなか疲れが溜まってきてる頃かなと思います。
さて、今回でこのテーマは完結となります。
①と②を読んでいらっしゃらない方は、ぜひそちらから読むとスムーズかと思います!
僕がプロのスポーツ指導者を目指すようになったそのワケを書いていこうと思います。

夢は大きく。

不完全燃焼と後悔

僕が選手と指導者のパイプ役として働き始めるようになって3ヶ月。
ついに最後の大会がやってきました。
その結果は、3回戦敗退でした。
目標を達成するまでにはあと2勝する必要がありましたが、道半ばで崩れてしまいました。

僕は野球をプレーできないにも関わらず、ベンチに入ってランナーコーチャーとしての仕事をさせていただきました。
プレーができる状態がいる中で自分がベンチにいて良いのかという葛藤もありましたが、自分に与えられた仕事をこなすように心がけました。

1回戦は、エースの素晴らしいピッチングにより番狂せを起こして勝利。
確かに、県大会に爪痕は残す結果となりました。
でも、目標には届きませんでした。
厳しいですが、スポーツの世界は勝ったか負けたかです。
学生スポーツにおいて、勝利だけが価値を持つものではないことは重々承知しています。
しかし、新チームになってからずっと目標としていたところに届かなかった。
それほどにチーム全体にとって悔しいことはありせん。
そのために全てを捧げていたのですから。

言葉は悪いですが、
ミッションは失敗に終わりました。

どれだけ頑張ったかは結果には関係ありません。
敗北は敗北なのです。

僕は後悔しています。
プレーヤーとして戦力になりきれなかったこと。
病気をしてみんなの足止めをしたこと。
結局、力になることができませんでした。
ほんとに悔しく思っています。

でも、選手としてプレーできなかったことより、うつ病になったことより、もっと後悔してることがあります。
それは最後の3ヶ月の自分自身の振る舞いです。

今思い返してみれば、自分が選手たちや指導者を見る中で得た学びを、チームに還元する行動を全く取っていませんでした。
どこか、後ろめたさがあったのです。

「病気になって練習にも毎回来れないのに、偉そうに指摘やアドバイスをしても良いのだろうか?」
「自分の意見をみんなは聞いてくれるのだろうか。」

ずっとそう思っていました。
自分は人にモノを言う立場ではない。
一生懸命にプレーしているみんなに失礼だ。
そう思っていました。

でも今思えば、パイプ役としての仕事を任されたのに、何も自分から発信しないことこそ、失礼だったのではないかと感じます。
僕の仕事に対する態度は怠慢そのものでした。
自分が感じたことを発信しなかった。

正直に言います。
大会前のチームの状態でベスト16にいけるとは僕は全く信じられませんでした。
それはもう、6月ごろには気づいていました。

②の記事の方に書きましたが、上手くなる選手の特徴は「主体性」です。
でも、最後までチームに主体性は身についていませんでした。
どんどんレベルアップしていくための素養を備えてた選手は、僕の意見ではほんの数人しかいませんでした。
それに気づいていました。
なのに、僕はそれを言わなかったのです。

もちろん僕の意見や言っていることが正しいかは分かりません。
でも、少なくとも感じたこと、得たことは言うのが筋でした。

チームの中は顧問の先生がほとんど全てを組み立てている状態でした。
グラウンドの中では、みんなが顧問の先生が言うことに耳を傾ける。
それは、大切なことです。
でも、その先はありませんでした。
前の記事でも書きましたが、成長とは自分の内側にある気づきやひらめきから生まれるものです。
決して、顧問の先生や他人に与えられるものではありません。

知らず知らずのうちに与えられるのを待っている、指示を待っている、正解を求めようとしている。
そんな姿勢が、チームの中に蔓延っていました。

自分自身のことを言語化するトレーニングを全くしていなかったわけではありません。
チームは途中、小グループでのミーティングで自分の課題とそれを解決するために練習で意識して取り組むことを言語化することを始めました。

しかし、そのミーティングの中で語られていた内容は自分自身の感覚に頼ったものであり、課題を詮索するプロセスや根拠を大切にしたものではありませんでした。
チームにはプレーの状態、質を数値化するいくつかの機械があったのですが、それらの数値を基に語ることもなければ、他人からのフィードバックもない。
自分自身の感覚に終始したミーティングになってしまっていました。

そして、結局は顧問の先生に言われたことを考えてプレーする。
試合中はその姿勢が如実に表れていました。

顧問の先生がプレーに対して怒る→「怒られないように指示を忠実に守ろう」

そのような思考になっていたところがあるように見受けられました。
当たり前ですが、野球は与えられた指示を全うにこなせば勝てるゲームではありません。
チームの試合前のミーティングではよくこんなことが語られていました。
「先生に言われたことを徹底しよう」

徹底することは大事です。
でも、野球は不確実性と変化のスポーツです。
1球1球、状況は変わり、相手の狙いは常に変化します。
もちろん、こちらもそれに対応してプレーの意図をはっきりとさせて戦わなければなりません。
野球は、グラウンドに立った選手の思考力がモノを言います。

「次に狙うべきボールはなんだろう」
「次に投げるべきボールはなんだろう」
「どういう打球が飛んでくる確率が高いかな」

こんなことが1回1回、ベンチから指示は出てきません。
結局、グラウンドにいる選手たちが限られた時間の中で思考しなければならないのです。
しかし、チームの中ではその能力を身につける練習が根本的に不足していました。

思考力が高い選手、試合の中で考えられる選手はどんな選手か?
それは、僕が何度も繰り返している「主体性」を持った選手です。
このタイプの選手は日頃の練習の中から思考を繰り返すトレーニングをしています。

「こうすれば、このようになりやすい。」
「今のスイングはこうだったから、次はこれを意識しなければならない。」

そのようなことを理解できるようになっているのです。
そこの部分の欠如が、チームが目標に届かなかった原因であると考えています。

僕は常日頃の練習の中でもっと選手と対話をしていけばよかったなと今でも後悔しています。
例えば、最近調子が悪い選手がいたとしたら

「何が良くないと思う?」
「どの数値が下がってるの?」
「そこから考えられる原因は何?」
「どの修正方法がベストなやり方だと思う?」
「いいときにあって今にないものは何?」

こんな対話をするだけでだいぶ良かったと思います。
全体を見なくてはならない顧問の先生と比べて、僕自身は一人ひとりと対話する時間がありました。
そうして、選手に自分自身のプレーを思考するきっかけを与えることができれば良かったなと…
そして、本質的な原因に他人から言われることなく突き詰められればより良い選手になる手助けができたのではないかと…
主体性を身につける対話を大事にすれば、自ずと選手の能力値は上がっていったはずです。
そして、試合の中で頭をフル回転できるような選手になる手助けもできたと思います。

それが今の僕の後悔であり、自分がするべき仕事であったと思っています。
選手が自ら育つきっかけを与える役割をできたのではないか、そう思っています。
きっと、1000本ノックをするよりも、上達するきっかけを与えられたでしょう。
それをできたのに、やらなかった。
本当に後悔しています。
選手たちに申し訳なく思っています。
自分がチームを変えれた。選手じゃないからこそできた。
自分のような役割の人はどのチームにも必要なのではないか、そう思うようになりました。
選手でもない。コーチでもない。
でもコーチのようになりうる存在。
そうありたかった。
強く、そう願っています。

そして、この後悔こそがスポーツ指導者を目指す理由の2つ目です。
このままでは終われない。
選手の成長に携われることはこの上ない名誉であり、心から楽しい仕事であるだろう。
そんな魅力を、この3ヶ月で感じました。
それをすることができなかったからこそ、次は自分の職業にしてリベンジしてみたい。
スポーツの世界はほんとうに面白い。

当時の僕にできなかったことを、これからしてみよう。
スポーツが大好きだから。
人を見ることが好きだから。
選手の手助けをすることが魅力的だから。
そうして、試合に勝てればこの上なく美しいことはない。
勝利の情熱を感じたい。
これほどまでに心が興奮する瞬間は、スポーツにおける勝利の瞬間しかない。
だから、僕はスポーツ指導者を目指す。
そして、やるからにはプロフェッショナルでありたい。

高校最後の3ヶ月の後悔が、僕を突き動かす原動力になっており夢の原点にもなっています。
スポーツは、美しい。
死ぬまで関わり続けるでしょう。
そして、実際に間近で関わる存在となれれば、これ以上に栄誉なことはない。

スポーツ界の指導には問題点が山積みであり、まだまだ進化の余地がある。
これから多くの学びを得て、自分だけの哲学を持って指導にあたれる人材となりたい。
そのために必要なことがあるとすれば、惜しみなく取り組むだろう。

これが、僕がスポーツ指導者を目指す理由だ。
そして、これからのキャリアビジョン。
これから勉強したいことについて語ります。

僕の夢はとても難しく、壮大です。
でも、夢を見なければ、叶うことは決してありません。
自分の信念を曲げずに戦い抜く覚悟は決めました。
このnoteを始めた理由もそのひとつです。

"夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に夢なき者に成功なし"

吉田松陰

今日はこのあたりにしておきます。
また記事、色々書いていこうと思います!
みなさん、おやすみなさい💤


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