最初に捨てた本が、一番気になっていた
先日『捨てる読書会』に参加しました。
今回の読書会で、
とても印象的な言葉があったのです。
それは、
『最初に捨てた本が、一番気になっていた』というもの。
この一言が、
今回の読書会を象徴していたように思います。
「今の自分に必要ない本」を選ぶところから始まる
『捨てる読書会』は、
デジタル図書館PABLOSのメンバー向けに開催している読書会です。
PABLOSでは、
さまざまなリーディングガイドが共有されています。
この読書会は、
『どの本を読むか』ではなく、
『どの本を捨てるか』から始まるのが特徴です。
まずは12冊のリーディン・ガイドの中から、
「今の自分に必要ない本」を選ぶ。
そこから不思議と、
『今読むべき一冊』が浮かび上がってくるのです。
リーディン・ガイド(Read-in Guide)の一部は、
リードフォーアクションのYouTubeチャンネルにも紹介しています!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLxp47XSy5Oszg5xXkprc-zewhnHrtyivR
そして、
今回もおもしろい現象が起きていました。
捨てたはずなのに、頭から離れない
ある参加者の方が、
「これは、すでに実践できているから」と、
最初に手放した本がありました。
でも、
他の人の“捨てる理由”を聞いていくうちに、
「やっぱり必要だった」と、
その本を選び直したのだそう。
「もしかしたら、
真っ先に捨てたあの本が、
一番気になっていたのかもしれません」
また、
別の参加者からは、
「今は、余計なバイアスを入れたくない。
だから今日は、あえて読まない。」
そんな声もありました。
これって、
すごく人間らしい反応だな、と感じました。
「捨てる」と、本音や偏りが見えてくる
参加者のみなさんからは、
こんな言葉も出ていました。
「捨てたからこそ集中できた」
「選択肢を減らすと、解像度が上がる」
最初は、「捨てる」ことに抵抗があります。
せっかくある可能性を、
狭めてしまう気がするからです。
でも実際には、
増やし続けるほど、
自分が何を求めているのか、分からなくなることがあります。
どれも必要そう。
どれも良さそう。
どれも捨てきれない。
そうやって抱え込んでいくと、
いつの間にか、
“自分の感覚”よりも、
「損したくない」という気持ちが、
前に出てきてしまうのです。
だから今回、
あえて「不要な本」を選ぶことで、
参加者それぞれの偏りや本音が、
少しずつ見えはじめていたのだと思います。
実は、わたしも「捨てられる側」だったりする
ちょっと余談ですが、
実はわたしも、
リーディン・ガイドを作っている側のひとりなんです。
なので時々、
自分が紹介した本が、
真っ先に「不要です」と選ばれることがあります。
……わたしとは関係ないのですが、
地味に刺さります(笑)
「めちゃくちゃ、いい本ですよ、それ〜〜!!」
と、心の中で叫びたくなる。
でも不思議なのは、
一度「不要です」と手放された本ほど、
あとになって、
「やっぱり気になるんですよね」
と戻ってくる人が多いことです。
思い返せば、わたしは、
そんな場面を何度も見てきました。
これはたぶん、
単なる「好き嫌い」ではなく、
もっと深いところで、
心が反応しているのだと思います。
読書って、
頭だけでしているわけじゃない。
「いまの自分が、
どこに引っかかっているのか」
それが、
無意識に出てしまう行為なのかもしれません。
だから最近は、
「最初に捨てられた」ということ自体、
実はすごく大事な反応なのかもしれない、
と思っています。
人は、
本当に向き合いたいものほど、
最初に遠ざけてしまうことがある。
だからこそ、
「何を残したか」だけではなく、
「最初に何を捨てたのか」にも、
その人らしさが現れるのだと思います。
