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センスとは、“どう生きるか”の編集である

最近、「センスがある人って、なにが違うんだろう?」と考えることがあります。

言葉選びや文体がうまい人。
空気のつくり方が自然な人。
企画も、服も、文章も、その人らしさがにじみ出ている人。

わたしは昔、そういうものは、
一部の才能ある人だけが持っているのだと思っていました。

でも、『こうやって、センスは生まれる』を読んで、その見え方が変わったのです。

この本を、「センスを磨く技術書」として読むこともできますが、
わたしには、もっと別の本に見えました。

これは、“どう生きるかを編集する本”なのではないか、と。


『こうやって、センスは生まれる』は、「おしゃれ論」の本ではなかった

今回読んだのは、秋山具義さんの
『こうやって、センスは生まれる』という一冊です。

タイトルだけを見ると、
デザインや広告の本に見えるかもしれません。

でも実際に書かれていたのは、もっと根っこの話でした。

人はなぜ、ある言葉に惹かれるのか。
なぜ、「なんか好き」「なんか気になる」が生まれるのか。

その背景には、
“半歩先の視点”がある。

この本は、センスを「才能」ではなく、
“人をハッとさせる力”として捉えています。

しかも面白いのは、
それが「十歩先」ではないことです。

難しすぎるものでも、
奇抜なものでもない。

「わかる。
でも、見たことがない。」

くらいの、半歩先。

その少しのズレが、人の心を動かす。

わたしはそこに、センスの本質を感じました。

そして、世界を雑に見ない人は、たぶん、自分の人生も雑に扱わない。
この本は、そんなことまで教えてくれている気がしたのです。


センスとは、「普通」を疑う力なのかもしれない

この本は何度も、“普通”を疑わせてきます。
センスとは、奇抜な発想ではありません。

「見えなくなっていた前提」を見つける力、なのだと思います。

たとえば、
仕事でも人生でも、
伸び悩む時があります。

でも、
あれって本当に能力不足なのでしょうか。

実際には、「こういうものだ」「普通はこうする」「これが正しい」という前提が固定化されて、世界の見え方が止まっていることのほうが多い気がするのです。

本の中では、センスは

「知覚」
「組み替え」
「表現」

の3ステップで生まれると書かれています。

つまり、
世界をちゃんと観て、
当たり前を組み替え、
伝わる形に編集する。

その積み重ねが、センスになる。

わたしはこれを読んで、
「センスがある人」とは、
“世界を雑に見ない人”なのかもしれない、と思いました。

そして、世界を雑に見ない人は、きっと、自分の感情や違和感も、雑には扱わない。

生き方って、結局は、
「なにを見逃さないか」で決まっていくのかもしれません。


違和感は、「まだ言語化されていない自分らしさ」なのかもしれない

この本を読んでいて、
特に印象に残ったのは、
「違和感」の扱い方でした。

人と違うところに引っかかる。
みんなが気にしていないのに、なぜか自分だけ気になる。

昔のわたしは、そういう感覚を「気にしすぎ」だと思っていました。

でも今は、違うのかもしれない、と思っています。

違和感って、“その人だけの視点”の入り口なのではないでしょうか?

そして、それはまだ言語化されていない、“自分らしさの断片”なのかもしれません。


本当は好きだったのに、「ダサい」と思われそうで、選ばなくなったものはないだろうか。
本当はやってみたかったのに、「そんなの意味あるの?」と言われそうで、遠ざけたものはないだろうか。

センスって、
そういう“回収されなかった感覚”の中に、
眠っている気がするのです。

だから、センスを磨くというのは、新しいものを足し続けることではない。

むしろ、置き去りにしてきた感覚を、もう一度拾い直すことなのかもしれません。


センスとは、「自分という作品を編集すること」

結局、
センスとは、

何を見て、
何を美しいと思い、
何を残したいのか。

その積み重ねが、
言葉になり、
選択になり、
生き方になる。

人は毎日、何かを編集しています。

誰と会うか。
何を読むか。
どんな言葉を使うか。
どんな空気の中で生きるか。

そして編集とは、同時に“削除”でもあります。

だから、
本当に問うべきなのは、

「もっと何を足すか」

ではなく、

「何を削ると、
自分の輪郭が立ち上がるのか」

なのかもしれません。

一番怖いのは、

“自分で選んでいるつもり”のまま、
他人の価値観を生きてしまうこと。

親。
学校。
会社。
SNS。

知らないうちに、
誰かのメガネで世界を見ている。

でも、センスが生まれる瞬間って、
“一度そのメガネを外した時”
なのだと思います。

人生は、完成させるものじゃない。

何を残し、何を削るかを問い続ける、編集の連続なのだと思う。

だから、
センスを磨くというのは、
単に上手になることではない。

“自分という作品を編集していくこと”

なのだと思いました。


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