疲れているから甘いものに手が伸びる、と思っていた
疲れていると、甘いものに手が伸びる。
仕事の合間。
夕方のぼんやりした時間。
誰かに気を遣いすぎたあと。
チョコをひとつ。
クッキーを一枚。
甘いカフェラテ。
「今日は頑張ったから」「このくらい、いいよね」と、自分を少し癒しているつもりでした。
甘いものは、疲れた自分に差し出す小さな休憩。
そう思っていたのです。
でも、『糖毒脳』を読みながら、ふと思いました。
その癒しは、本当にわたしを休ませていたのだろうか。
もしかすると、疲れた自分の出口を、甘いものに任せきっていたのかもしれない、と。
『糖毒脳』は、糖を悪者にする本ではなかった
今回読んだのは、下村健寿さんの
『糖毒脳 いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』です。
糖と脳、認知機能の関係について書かれた本です。
タイトルだけを見ると、「甘いものはやめましょう」という本のように感じるかもしれません。
でも、わたしが受け取ったのは、糖を制限するのではなく、制御してうまく付き合うという視点でした。
甘いものを食べる自分を責める本ではない。
でも、甘いものに主導権を渡している自分に気づかせてくれる本です。
食べたい、休みたい、楽になりたい。
そういう気持ちは、誰にでもあります。
問題は、欲望があることではありません。
その欲望に動かされていることに気づかないまま、「これは自分の意思だ」と思い込んでしまうこと、なのです。
問題は、欲望に主導権を渡していたことだった
甘いものが食べたいという気持ちの前に何があったのかを見てみると、少し違う景色が見えてきます。
眠れていなかったり、仕事が詰まっていたり、本当は休みたかったり。
そういう状態の出口として、甘いものに手が伸びていたのかもしれません。
だとしたら、見るべきなのは「何を食べたか」だけではありません。
その欲望が生まれる前の現場です。
わたしは何に疲れていたのか。
何を言葉にできないまま、甘いものでなだめていたのか。
ここを見ないまま、
ただ「甘いものをやめよう」と思っても、たぶん続きません。
甘いものの奥には、生活があるからです。
欲望の奥には、疲れがあります。
疲れの奥には、無理があります。
『糖毒脳』を哲学的に読むなら、テーマは糖ではありません。
「わたしは、何に主導権を渡しているのか」なのだと思います。
冴えた頭とは、反応する前に見抜ける頭だった
この本のサブタイトルには、「冴えた頭」という言葉があります。
冴えた頭。
わたしたちは、記憶力がいいとか、頭の回転が速いといった能力の話だと思ってしまいます。
でも、わたしは少し違うことを考えました。
冴えた頭とは、反応する前に見抜ける頭のことではないか。
食べる前に、欲望を見られる。
怒る前に、怒りを見られる。
焦る前に、疲れを見られる。
そして、「今のわたしは、判断に向いていない」と気づける。
これも、ひとつの知性、ではないでしょうか?
わたしたちは、自分で考えているつもりでも、血糖や睡眠、疲労、目の前のお菓子などに、かなり判断を揺らされています。
だから、自由意志とは、ただ意志を強くすることではないのかもしれません。
自分が何に動かされているのかを見抜くこと。
その一歩手前で立ち止まれることに、冴えた頭があるのだと思います。
わたしは休んでいるつもりで、身体には残業させていた
この本の中で、わたしが特に印象に残ったのは、膵臓に休息を与えるという考え方です。
食事のタイミングを整え、間食を減らすことで、膵臓が一日中働き続ける状態を避ける。
これを読んだとき、ハッとしました。
身体の中にも、働きすぎている存在がいる。
わたしたちは、外側の忙しさには気づきます。
でも、身体の中で起きている忙しさには、なかなか気づきません。
甘いもので休憩しているつもりの裏で、身体は働いている。
わたしは休んでいるつもりだったけれど、身体には残業させていた。
そう考えると、少し笑ってしまうけれど、かなり刺さります。
「ちょっと甘いものでも食べて休もう」という気持ちは、よくわかります。
甘いものに救われる日もあります。
だから、甘いものを敵にしたいわけではありません。
でも、休憩のつもりで、身体の別部署に仕事を丸投げしていることはある。
この視点は、持っていたいと思いました。
冴えた頭で、わたしは何を守りたいのか
『糖毒脳』は、わたしにとって、糖を控えるための本ではありませんでした。
自由意志を取り戻す本でした。
自分を責める前に、生活を見る。
意志を鍛える前に、身体の現場を見る。
たぶん、自由はそこから始まるのだと思います。
冴えた頭でいたいのは、ただ長く働くためではありません。
大事なものを、大事だとわかるため。
ちゃんと感じ、考え、選ぶため。
そして、できるだけ自分の人生を、反射ではなく意思で生きるためです。
最近、わたしが「冴えていない」と感じるのは、どの場面だろう。
まずはその問いを持つだけで、今日の甘いものの見え方が、少し変わる気がしています。
