息子に叩かれた日、私は「叱るゴール」を間違えていたと気づいた
この本を読もうとしていた日、
小学生の息子と大喧嘩をしました。
きっかけは、宿題でした。
問題にぶつかって、息子は「もう無理」と言い、宿題を投げ出そうとしました。
わたしは隣にいました。
ひとつずつ考えればできるようにと、教えるために横についていました。
でも、息子の心は、もう折れていたのだと思います。
「やりたくない」
「できない」
「もう嫌だ」
その気持ちが少しずつ大きくなって、
やり場のないイライラは、外に向かいました。
言葉が荒くなり、
宿題のプリントをくしゃくしゃにして、ゴミ箱へ。
最後には、わたしの頬を叩きました。
痛かったです。
頬も痛かった。
でも、それ以上に、心が痛かった。
課題は、宿題から「叩いたこと」に変わってしまった
息子がわたしを叩いた瞬間、
わたしの中で、課題が変わってしまいました。
さっきまでの課題は、宿題でした。
難しい問題にどう向き合うか。
わからないときに、どう助けを求めるか。
心が折れそうになったときに、どう踏みとどまるか。
本当は、そこを一緒に考えていたはずでした。
でも、叩かれた瞬間、
課題は「宿題」ではなく、
「叩いたこと」に変わりました。
そしてわたしは、すぐにこう思いました。
これは、良くないことだとわからせなければいけない。
人を叩いてはいけない。
それは、絶対に伝えなければいけないことです。
けれど、あとからこの本を読んで思ったのです。
もしかすると、わたしはここで、
ゴール設定を間違えてしまったのかもしれない、と。
『令和型生徒指導マップ』は、子どもを見る本だった
今回読んだのは、
千葉孝司さん・中島征一郎さんの
『令和型生徒指導マップ つみきメソッド実践ガイド』です。
最初は、生徒指導として、問題行動にどう対応するか。
どう声をかけるか。
どう行動を改善させるか。
そういう本なのだと思っていました。
でも、読んでみると少し違いました。
この本は、子どもを正すための本というより、
子どもを見る大人側の視点を問い直す本でした。
子どもはいま、何に困っているのか。
どんな気持ちで、その行動をしているのか。
どんな力が、まだ育っていないのか。
どんな成長に向かっている途中なのか。
問題行動だけを見るのではなく、
その奥にある状態を見る。
子どもは、正論を言えば変わるわけではありません。
注意されたからといって、すぐに自分の行動を理解できるわけでもありません。
大人が「わからせよう」とした瞬間、
子どもは理解するより先に、防衛してしまうことがあります。
だからこそ、この本は、
指導の前に「観察」から始めるのだと伝えています。
つみきメソッドは、結果ではなく成長を見る
この本で紹介されている「つみきメソッド」は、
観察、ゴール、ささえる、つむ、成長という流れで、子どもの成長を支えていく考え方です。
まず、子どもの言動や気持ちを観察する。
次に、子どもにどんな姿になってほしいのか、ゴールを設定する。
そして、必要に応じて気持ちを支え、その子の力量に合わせて、知識や技術を少しずつ積んでいく。
大事なのは、ゴールを「結果」にしないことです。
たとえば、忘れ物をした子に対して、
「忘れ物をしない」ことだけをゴールにするのではなく、「忘れ物をしないように準備できるようになる」という、行動や成長の方向にゴールを置く。
ここを読んだとき、
わたしは息子との喧嘩を思い出しました。
わたしは、息子に何をゴールとして見ていたのだろう。
「叩いたことを反省させる」
「悪いことだと認めさせる」
「もうしないと言わせる」
いつの間にか、そこに向かっていた気がします。
でも本当に必要だったのは、息子が自分のイライラと、その行為が相手に与えた影響に気づくことだったんですよね。
支えることは、何でも許すことではない
つみきメソッドでは、
「ささえる」という関わりも大切にされていました。
これは、子どもの気持ちに寄り添い、心理的安全性を高めることで、もう一度動き出せる足場をつくることです。
子どもは、教えたようにそのまま成長するわけではありません。
安心感や自己肯定感が生まれたときに、「やってみたい」という気持ちが生まれ、行動につながる。
ここを読んで、胸が痛くなりました。
わたしは息子に、すぐに「わからせよう」としていた。
でも、息子がそのとき必要としていたのは、まず支えられることでした。
宿題が難しい。できない。悔しい。投げ出したい。
でも、できない自分も見たくない。
その気持ちがあふれて、
叩くという行動になってしまった。
もちろん、叩いていいわけではありません。
ここは、絶対に曖昧にしてはいけないと思っています。
気持ちは受け止める。
でも、行為には境界線を引く。
この2つを、分けなければいけなかったのだと思います。
たとえば、こう伝えることができたかもしれません。
「叩かれるのは痛い。わたしは叩かれたくない」
「でも、宿題が難しくて悔しかったんだね」
「次にイライラしたとき、叩く代わりにどうするか一緒に考えよう」
本当は、この順番が必要だったのかもしれません。
子どもを変える前に、わたしの見方を変える
この本を読みながら、いちばん刺さったのはここでした。
子どもを変える前に、わたしの見方を変える。
子育ては、一発でわからせるものではありません。
崩れたら、また積む。
間違えたら、また戻る。
感情がぶつかったあとに、もう一度関係を積み直す。
それもまた、つみきなのだと思います。
息子を叱った日。
わたしも傷ついた日。
うまくできなかった日。
その日のことを、ただの失敗にしたくないと思いました。
あの日の出来事は、
息子だけの課題ではなく、
わたし自身の見方を問い直す時間でもありました。
次に同じようなことが起きたとき、完璧にできる自信はありません。
また感情的になるかもしれない。
また言いすぎてしまうかもしれない。
でも、ひとつだけ覚えておきたいです。
目の前の行動だけを見ない。
その奥にある気持ちを見る。
そして、その子がどんな力を育てている途中なのかを見る。
子どもは、正されることで育つのではなく、
見てもらえた安心の上で、少しずつ自分を立て直していく。
わたしもまた、親として、
その見方を少しずつ積んでいきたいと思います。
