何もできなかった日に、余白を知った
この本を読んだのは、病院でのことでした。
早めに仕事を抜けて、子どもの処方外来へ。
この病院のために、結構がんばって
予定を終わらせたり、調整したりしました。
呼ばれるまでの時間、
なんだかもう、疲れ切っていて。
何かをする気力もなくて、ただ座っていました。
でも、ただ座っていることにも疲れてしまい、
ふと、本を開いたのです。
読むというよりも、ただページをめくっているような感覚でした。
そこで出会ったのが、この言葉。
今、私たちに必要なのは
「もっとがんばる」ではない
のかもしれない
この本が問いかけてくるもの
今回読んだのは、
『なんにもしない。「余白」という最高の習慣』という一冊です。
この本は、「がんばり方」を教えてくれる本ではありません。
むしろ、これまで当たり前だと思っていた前提を、
そっと問い直してくるような本なのです。
私たちは、何かを得るためには
足して、埋めて、積み上げていく必要がある、
そう考えがちではないでしょうか?
時間も、スキルも、経験も。
でも、本書はそこに別の視点を差し出します。
本当に必要なのは、
足すことではなく、
減らすことなのではないか。
すでに持ちすぎているからこそ、
満たされにくくなっているのではないか。
だからこそ、
あえて「ない状態」をつくる。
そのための考え方が、「余白」です。
3つの余白という考え方
本書では、「余白」を3つに分けて捉えています。
時間の余白。
心の余白。
環境の余白。
たとえば、時間。
予定が埋まっていると、安心することがあります。
「ちゃんとやれている」と感じられるから、なのでしょう。
でも同時に、
自分の感覚に気づく余地は、
少しずつ失われていきます。
心も同じです。
やるべきことに追われていると、
考えることは増えるのに、
感じることは減っていく。
そして環境。
情報やモノに囲まれ続けることで、
私たちは常に何かに触れ続けています。
静けさや、余韻や、
“何もない時間”に触れる機会は、
ほとんどないのが現状です。
こうして、
時間・心・環境
すべてが埋まっていくと、
気づかないうちに、自分とつながる余地がなくなっていく。
だからこの本は、何かを変える前に、
ほんの少しでいいから、
空けてみることを勧めているのです。
朝、自分の声を聞くということ
もうひとつ、印象に残ったのは、朝の過ごし方でした。
私たちは、目が覚めると同時に
スマホに手を伸ばしてしまいがちです。
メッセージの通知、
ニュース、
SNS。
気づけば、
自分の気持ちを感じる前に、
他人の声で一日が始まっています。
本書では、こう提案されています。
朝、他人とつながる前に、
まず自分に問いかけること。
「今、どんな気持ちですか?」
「今日は、どんな一日にしたいですか?」
たったそれだけのことですが、
一日の始まりが、
“反応”ではなく、“選択”に変わる。
誰かに流されるのではなく、
自分で選ぶ一日になる。
その違いは小さいようで、
積み重なると大きな差になるのだと感じました。
余白とは、「減らすこと」で生まれるもの
この本を読みながら、ひとつ、
とても印象に残ったことがあります。
「余白」とは、
何かを足すことで生まれるものではない、ということ。
むしろ、減らしたときに、はじめて見えてくるもの。
あの日、病院で。
何もする気力がなくて、
予定も、情報も、いったん手放した時間がありました。
ただ座って、呼ばれるのを待つだけの時間。
そのとき、ふと、
「いま、ちょっと楽かもしれない」
そんな感覚があったのです。
何かを達成したわけでもなくて、
何かが解決したわけでもないのに、
ただ“何も足していない状態”のほうが、
少しだけ、呼吸がしやすかった。
余白は、意識してつくるものというより、
何もできなくなったときに、
ふと現れるものなのかもしれません。
余白をつくるという選択
余白とは、
ただ何もしない時間をつくることではありません。
それは──
「これ以上、足さなくても大丈夫だ」と、
どこまで信じられるか、という問いではないでしょうか?
私たちは、つい埋めてしまいます。
予定を入れて、
言葉を足して、
安心しようとする。
でも、その奥にあるのは、
「まだ足りない」という前提です。
もし、この前提のまま進み続けたら──
これから先もずっと、何かを足し続けなければ、
安心できないまま、ということになってしまいます。
ここで、ひとつの選択があります。
足し続けるか。
それとも、一度、引いてみるか。
余白をつくるというのは、
“やらないことを決める”という行為です。
それは、少し怖い。
でも同時に、
本当に大切なものだけを残すための、一歩でもあります。
あの日、病院で、何もできなかった時間。
あの時間は、無駄だったのではなく、
「これ以上、何もしなくてもいい」と
体が教えてくれていたのかもしれません。
だから私は、ひとつ決めました。
全部はやらない。
少し、空ける。
その中で残るものを、信じてみる。
──それが、いまの私にとっての「余白」です。
