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人は、人の感想で磨かれる

誰かの一言で、
自分の見え方が変わることがあります。

正解を教えられたからではありません。

「私は、そこが好きだった。」
「その一文が忘れられない。」

そんな感想を受け取ったときです。

その一言で、
「ああ、わたしはそこに惹かれていたんだ。」
と、自分でも気づいていなかった思いに出会うことがあります。

知識が増えたというより、世界の見え方が少し変わる。
そんな体験の理由が、一冊の本を読んで腑に落ちました。

佐渡島庸平さんの『想像の上をいくアウトプットを引き出す 編集者のフィードバック』です。

『編集者のフィードバック』は、技術書ではなかった

この本は、編集者である佐渡島庸平さんが、作品づくりの現場で大切にしてきたフィードバックについて書かれた一冊です。

フィードバックというと、改善点を伝えること。
間違いを正すこと。
相手をより良い方向へ導くこと。

そんなイメージがあります。

でも、この本で語られるフィードバックは少し違いました。

大切なのは、アドバイスではなく感想を伝えること。

「こうした方がいい」と答えを渡すのではなく、
「私はこう感じた」と、自分の反応を差し出すこと。

読み進めるうちに、これはフィードバックの技術ではなく、人との向き合い方を書いた本なのだと感じるようになりました。


アドバイスは、問いを終わらせる

アドバイスには力があります。
だからこそ、少し怖い。

「こうした方がいい」と言われると、人は安心します。
なるほど、そうすればいいのか、じゃあ、そうします、と。

でも、その瞬間に、自分の中にあった問いが止まってしまうことがあります。

本当は何を表現したかったのか。
なぜそこにこだわったのか。
何に違和感を覚えていたのか。

まだ言葉になっていない思いが、外から渡された正解によって閉じられてしまう。

そんなことがあるように思うのです。

本を読みながら、ふと、こんな言葉が浮かびました。

アドバイスは、問いを終わらせる。

感想は、問いを育てる

一方で、感想は違います。

「そこが印象に残った。」
「私はここで少し立ち止まった。」
「この場面が忘れられない。」

感想は、答えを渡しません。

だから、相手の中に余白が残ります。

なぜ、そこが印象に残ったのだろう。
なぜ、その言葉を書いたのだろう。
本当は何を届けたかったのだろう。

感想を受け取ると、人はもう一度、自分の内側へ戻っていきます。

だから感想は、相手を変えるための言葉ではありません。
相手が、自分で変わっていくための言葉なのだと思います。

感想は、問いを育てる のです。

AI時代だからこそ、人の感想には価値がある

今は、AIが要約してくれます。
論点も整理してくれます。
足りない視点も教えてくれます。

知識を得ることは、以前よりずっと簡単になりました。

でも、AIはこうは言えません。

「私は、ここで胸が少し痛くなった。」
「この一文で、ある人の顔を思い出した。」
「なぜか、このページだけ何度も読み返した。」

感想とは、情報ではありません。
その人が、その瞬間にどう世界を見ていたか。
その人の人生が、にじみ出るものです。

だから、人の感想には価値があります。

違う感想に触れるたびに、自分では気づかなかった景色が見えてくる。
それは、知識が増えることとは少し違う体験です。


人は、人の感想で磨かれる

この本を読み終えて、心に残ったのは、フィードバックの技術ではありませんでした。

人は、何によって磨かれるのだろう。
その問いでした。

技術は、本から学べます。
知識は、AIからも学べます。

でも、自分では見えていなかった自分に出会えるのは、人との関わりの中です。

誰かが感じたこと。
誰かが立ち止まった場所。
誰かが心を動かされた理由。

そうした感想に触れるたびに、自分の世界は少しずつ広がっていきます。

人は、人にしか磨かれない。

そして今の私は、その言葉を少しだけ言い換えたくなりました。

人は、人の感想で磨かれる。

『 編集者のフィードバック』は、フィードバックの技術を教えてくれる一冊です。

でも、私にとっては、それ以上に、人と関わることの意味を問い直してくれる本でした。

正しさを渡すのではなく、感想を差し出す。
答えを教えるのではなく、問いが育つ余白を残す。

そんな関わり方があることを、この本は教えてくれました。

そして、わたし自身も少しだけ見え方が変わりました。

人は、人の感想で磨かれる。

これからは、そのことを忘れずに、人と、本と、向き合っていきたいと思います。


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