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文章は、書いた瞬間には完成しない

文章は、書いた瞬間に完成するものだと思っていました。

書き終えたら、そこがゴール。
公開したら、あとは読まれるだけ。

でも、どうやら違うのかもしれません。

いい文章を書きたい。

そう思うたびに、わたしは少しだけ身構えます。

読みやすくしたい。
伝わるようにしたい。
できれば、誰かの心に残る文章を書きたい。

でも、その気持ちの奥には、別の願いも混ざっています。

ちゃんとしている人に見られたい。
わかっている人だと思われたい。
自分の未熟さを、文章でうまく隠したい。

そんな欲が、ないとは言えません。

だからこそ、近藤康太郎さんの
『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』を読みながら、わたしは少し痛いところを突かれた気がしました。

『三行で撃つ』は、文章術の本であり、生き方を問う本

近藤康太郎さんの『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』は、文章の書き方を教えてくれる本です。

冒頭の三行。
起承転結。
常套句。
一人称。
文体。
リズム。
企画。
推敲。

文章を書く人が知りたい技術が、たくさん詰まっています。

けれど、ただの文章術として読むと、たぶん半分しか読めません。

この本が問うているのは、「どう書けばうまく見えるか」だけではないからです。

むしろ、読み進めるほどに問われるのは、
人は、書くことで何者になるのか。
ということでした。


文章を書くとは、言葉を整えることです。
でも、それだけではありません。

何を見るのか。
何を書かないのか。
どこに光を当てるのか。
どんな言葉で、自分の見てしまったものを引き受けるのか。

そこには、その人の生き方が出てしまいます。

三行で撃つという、無関心への一撃

「三行で撃つ」という言葉だけを見ると、強い文章で読者を倒すような印象があります。

でも、わたしはこの言葉を、少し違う意味で受け取りました。

撃つとは、相手の心を支配することではありません。
読者の無関心に、小さな穴をあけることです。

読者は、最初からわたしに興味があるわけではありません。

「わたしはこんなに考えた」
「わたしはこんなに伝えたい」

それだけでは、届かない。

だから書く人は、自分の中だけに閉じこもってはいけないのです。

読み手の時間に、どう入っていくか。
読み手の心に、どんな余白を渡すか。

そのために、最初の三行がある。

三行で撃つとは、目立つことではなく、読み手の中に問いを発火させることなのだと思いました。

書き言葉の貧しさ

この本で、わたしがいちばん惹かれたのは、書き言葉の不完全さについての話です。

私たちは、書き言葉のほうが確かだと思いがちです。

口約束はあてにならない。
だから、書いて残してほしい。

でも、書き言葉は思っているほど強いものではありません。

話し言葉には、声があります。
表情があり、目線があり、沈黙がある。

でも、書き言葉にはそれがありません。
文字になった瞬間、言葉は身体から切り離されます。

その意味で、書き言葉はとても痩せています。

けれど、痩せているからこそ、読者が入ってこられる。

声がないから、読者が声を与える。
表情がないから、自分の記憶を重ねる。
説明しきられていないから、行間に痛みを置く。

書かれた瞬間、文章はまだ完成していません。

誰かが読み、思い出し、誤解し、読み直す。
そのたびに、文章は少しずつ太っていく。

書き言葉とは、完成品ではなく、痕跡なのだと思います。

書き手が残した痕跡に、読み手の足跡が重なっていく。

だから、文章は決して飽和しない。
読まれるたびに、少しだけ別のものになる。

書き言葉は、話し言葉に比べれば貧しい。
でも、その貧しさの中に、時間を超える余白がある。

わたしがこの話に感動したのは、たぶんそこでした。

未来に残す痕跡

わたしはこれまで、文章を書くことを「伝えること」だと思っていました。

もちろん、それは間違っていません。

でもこの本を読んで、もう少し違う見方が加わりました。

書くとは、未来に痕跡を残すことです。

いまのわたしが見てしまったもの。
うまく言えないけれど、なかったことにはできない感情。
誰かに説明する前に、まず自分で引き受けたい違和感。

それを、不完全なまま言葉にして置いておく。

いつか誰かが、その言葉を読み増してくれるかもしれない。
わたし自身も、数年後に読み直して、別の意味を見つけるかもしれない。

そう考えると、文章を書くことが少し怖くなったりするのですが、
でも同時に、少し救われる気もするのです。

うまく書けなくてもいい。
完璧に伝わらなくてもいい。

ただ、わたしが見てしまったものを、なかったことにしない。

書くことで、わたしは何者かになるのではなく、
書くことで、わたしから逃げない人になっていくのかもしれません。

そして、そんな不完全な文章が、いつか誰かに読み増されるのを、静かに待っているのだと思います。


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